高月かのんキレる 『あげくの果てのカノン』3巻
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私のことを途中で放り出すなら、結局は奥さんを選ぶなら、
ずっと神様のままでいてほしかった。
いつもタイトルでポエってるけど印象的なシーンがあったので簡潔に。
先が気になりすぎて月スピ購読も始めてしまったキッカケの「カノン」第3巻。
屈折しながらも純粋で、それゆえに圧倒的な熱量を保ち続ける暴走恋愛漫画です。
いま最も目が離せない不倫恋愛×SF漫画であると言える。他に有るかは不明。
過去の記事はこちら。
炸裂する無垢なる狂気 『あげくの果てのカノン』1巻
一生の恋を確信する瞬間、そして誰かを裏切る。『あげくの果てのカノン』2巻
第2巻ではカノンのライバル(と言えるのかはやや不透明だけれど、ポジション的には)となる、境初穂サイドを掘り下げていく内容でした。
3巻はこれまでい無かった形で、カノンの感情が爆発しまくる。
愛しい愛しい、わたしの神様。
あなたから貰ったのは恋と恋の歓びと、傷と失望と、地獄行きの片道切符。
正しいままで清らかなままで、美しい愛を死ぬまで果たしたいと願う。
けれど人の心は移ろう。崇な正義も変貌する。純粋な愛情も風化する。
間違っていると知ってもなお、過去の自分を裏切ってもなお。
生きていくには、現在進行系の己の感情が放つ声があまりにも大きすぎて
それを全てコントロールしきるには人類はきっと幼すぎる。
間違っていると分かっていても、踏み越えてしまう一線があるのだ。
第12話は先輩本人の本心も垣間見ることができる、夫婦のバックボーンが描写される。これが非常に刺激的。かのんフィルターが濃い目にかけられている本編なので、先輩はいつだってキラキラしているんだけれど、ここで先輩の「生の声」を聞くことができる。結果、やはり先輩はなかなかの曲者で、ぶっちゃけクソ男と言っていい。
けれどここで感じるのは、境先輩の心の傷の深さと、麻痺しきった感覚だ。
「どうせこの気持ちもすぐになくなるのに」と、全てを諦観した言葉が重い。彼の背負う使命もまた。
変わってはいけないと自分を律しても、戦うたびに欠損し、補修され続ければ過去の自分が少しずつ消えていく。自分の役目を全うするごとに、自分が少しずつ狂い出す。
あの頃の僕は、なにを大切にしていただろう。なにを尊く守ろうとしていただろう。
全てを受け止めてくれた妻からの言葉は、呪いとなり彼にのしかかる。
そしてそんな彼だからこそ。かのんの存在を気にかけた。
心の芯から永遠の崇拝を信じ切って、自分を慕ってくれる女の子。
境先輩はどんな思いでかのんの恋を、その狂気的な熱量を感じていたのだろう。
彼女の恋の強度を確かめることで、己の絶望を癒そうとしたのかもしれない。
または、すこし意地悪に、彼女を気持ちを試しているような気もする。
「変わらずにいられる感情なんて、本当にこの世にあるのか?」と。
まぁカノンにとっては先輩は神様なので、この世の全てのなにものと天秤にかけようと、先輩が死ねと言えば死ねてしまう人種なので、狂ってしまいっているので・・・彼女の規格外っぷりを、意外と作中のいろんな人達は測り間違えていく。
十分に狂っている世界と物語なんだけれど、その中においても並の狂い方じゃないぜ、この女の子の恋は。
2巻から引き続く、初穂さんといい弟のヒロくんといい、「報われない側」の人たちが本当にいい働きをしてくれる。彼らが新しい顔をみせるたび、悪意という色素をそっとかのんの心臓に滴らすたび、ゾクゾクしちゃうしストーリーはグングン面白くなるし。
いや「報われない」のは果たして誰なのかという事も思うが。
特に初穂さんの、計算高い魔女っぽいところと、すぐに泣いちゃうメンタルの弱さと、かのんに対しては「強い女」として立ち向かうところも、旦那への複雑な愛情も、研究への熱心さも自己嫌悪もなにからなにまでかわいい。かわいすぎる。
そして今回1番頑張ったと言えるヒロくんもかわいい。悔しそうに涙目になる思春期男子ってのは、もう食欲も増すってもんですわ。
ヒロくんなんて、きっと勝ち目なんてあるわけないと知って、それでもうっかり暴発してしまった。
今回からそんな2人がまさかのコンビ結成の兆しアリ。どうなるんだ・・・!!
そんな魅力的なキャラクターたちに手をひかれ、かのんの物語も熱気が増しまくり。
初穂さんの差し金とはいえ、今回ついにかのんは、神様に対して怒りを露わにする。
神様とその信者としてではなく、ひとりの女がひとりの男に対して、物申す。
そりゃあ、酷いことをされているのは間違いないのだから。
境先輩のせいで涙で目も晴らして、人には言えない恋をして、それでも裏切られ続けているかのん。
けれど怒れるようになったということは大きな変化に違いない。
本心を伝えることで、きっと面倒な女だと思われてしまう。嫌われてしまうかも知れない。それでもあなたを好きだからこそ、言いたいこともある。
もっともっと、私を愛してほしい。全てを捨ててでも、私を選んでほしい。
そんな欲深い本性がかのんの中で膨らんでしまっている。
それを口にして本人にぶつけてしまえるほどに、関係は進化している。
あの境先輩に、ビンタだってカマせる女の子になれました。
雨降って地固まる。激しくぶつかった後は、ご褒美ような、甘い逃避行。
目を細めてしまいそうなキラキラ眩しい幸せな時間。
文学的で美しい描写と演出の妙技がいかんなく発揮されております。
不倫という薄暗い関係でありながら、どうしてこんなに美しく、
それこそまるで儚いおとぎ話のような、憧れを感じる光があるのだろうか。
キャラクターそれぞれにしっかりと血が流れているのを感じる作品。
人物描写がリアルなのにエンタメになってるし、それでいてセリフひとつひとつに熱があって、共有したくなる美しさがあって、恐ろしくもあり憧れもある。
読みやすさと、絶妙な間に深いメッセージを感じるような演出の共存がされているのもたまりません。
ベタ褒めですけど本当にこの作家さんは漫画を描くのがうめぇなと思う。
どんどんとかのんが、”生”の女の子っぽく可愛らしく、エゴも強まり、
それでいて恋が深まるごとに誰かを不幸にして、自分すらも傷つけていく。
切ない世界観と、倫理に訴える必死な恋愛模様のバランスも最高。
3巻表紙、今回もやはり風に飛ばされる傘が登場する。
そして作中でもかのんが傘を持たないまま立ち尽くすシーンがある。
傘を持たぬ女、かのん。そこになんとなく、他の人とは違う生き方を選ぶことができる彼女の本質だったり、その内面の痛ましさだったりが感じられる気がする。
世界から許されなくても、その想いを貫けるのだろうか。
変わらないものが、たったひとつでも、この世にはあるのだろうか。
『あげくの果てのかのん』3巻 ・・・・・・・・・★★★★☆
かのんがますますどんどん可愛らしい。雨上がりの夕焼けと呪いのような“I'm Yours”.
危ないひとを 好きになってしまいました。『潜熱』1巻
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持って帰れないなら捨ててください。
女の子ってかわいくて得体の知れないいきものだなぁということを染み染み、深々を感じさせてくれる恋愛漫画の新シリーズ「潜熱」。
ヤクザのおっさんに惚れ込んでしまったウブな女子大生の、静かで熱い季節の物語。
すぐとなりにある非日常と、自分との境界線が、とけてなくなっていくことの恐怖とか、ある種のエクスタシーとか、知らない世界にふっとやってきてしまったようなフワフワとした感覚がある恋愛漫画です。
いわゆる年の差恋愛漫画っていうのだと、アニメ化もきまったあれとかこれとか、人気も高いジャンルではあるんだけれど、そういうキャッチーなものを野田彩子先生が放り込んでくることがまず意外ではありました。
読んだことがあったのが「わたしの宇宙」だったからかな。
それと比べると本作は非常に間口の広い作品でありながら、
言語化出来ない不気味な感情に自分が押し流されていく感覚がリアルに感じ取れる。
切迫したスリリングな駆け引きや、気持ちの変化の断片を嗅ぎ取れる仕上がり。
甘く繊細。それでいてクッキリと光と影を描き出す濃厚なタッチも、「潜熱」という理不尽な感情の暴走を描き出すのにピッタリだ。
「暴力」という、非日常を間近で見る時。
きっと誰しも、心臓が高鳴るはずだ。見てはいけないもの、見たくもないもの、血、破壊、悪意、そういうものから目を背けたくなるはずだ。
主人公はこともあろうにそんな暴力の世界の住人の、しかもオッサンに恋をする。
昔からよく聞くやつだ。ちょっとキケンな匂いを漂わすような男に、女はクラッと来てしまう・・・・・・そんなことあるかぁ????と長年懐疑的な男だったよ俺は。
でも「潜熱」を読むと、その感覚がわかった。
何なのだろうな。このノセガワの意味不明な色気は・・・。
世界のなんでも知っているような高い目線で、知らないことをたくさん知っていて、ちょっとだけ自分を特別扱いしてくれてるような気がいて、
怖くてズルい、『大人の男』。
ダメだよーーーーノセガワは絶対やべぇよーーーーーいい年こいて女子大生のおとなしい娘にちょっかいかけてくる大人とか絶対ロクでもねえよーーーーーー
と叫んでも、ページをめくっているそのさなかには、俺自身のそんな叫びも俺に届かない。
ノセガワさん・・めっちゃシブい・・・格好いい・・・。ロリコン趣味だけど・・・。
おそらく年齢よりも少々幼かった主人公・瑠璃も、みるみるその表情を変えていく。
うぶだった女の子が、いつしか覚悟を秘めた、どこまでも堕ちていきそうな暗い色を、その表情に宿していく。
瑠璃の心がジンと震えるとき、しずかに絶望するとき、ノセガワの言葉に体を熱くするとき、
彼女は本当にいい表情をする。ノセガワも言うほどだ。それはもう、そそるのだ。
おそらく彼女自身、冷静な頭で理解できていた部分もあったはずだ。
触れてはいけない。近寄ってはいけない。好きになっちゃいけない。
けれど「いけない」と脳みそが繰り返すほどに、心は疾まる、熱は高まる。
理不尽なばかりの感情に押し流されて、にじませた言葉をかわされながらも目で追って、そうしてその背広の綺麗な薄い背中に、こびりついた煙草の匂いに、ノセガワの残酷さに、瑠璃は絡め取られていく。
どんなにヒドイことを言われても、自分がただの都合のいい女に過ぎなくても、
あなたは私を見てくれる、褒めてくれる、綺麗だと言ってくれる。
騙されていたっていい。私が選んだんだから。
第一巻のクライマックスの彼女の独白で俺は陥落。
俺はこういう、わけの分からない女心を、そのシナプスの仕組みを、漫画を読んでいるときにだけわかったような気になるからこういう漫画が大好きなんだよ!(酷い)
言葉にできないような複雑な感情を、ほどかず噛み砕かず、そのままを
空気に溶かし込んで、こちらに届けてくれる抜群の描写力もあり
メランコリックで透明ですこしくすぐったい、そして胸を熱くする物語になっているのです。
ヤクザが物語の中心として描かれるも、直接的なバイオレンス表現は少なく
それが逆にノセガワという男の、”熟練”感が増している。
101ページのノセガワの手のアップもドキドキするなぁ。こんなに無骨でエロい手。
そしてさっきも書いたけれど主人公の瑠璃の変貌っぷりにゾクゾクきますね。
こういうタイプが逆に極道のママとして染まってしまうのかもしれない。
どうも、重版とかしてけっこう売れてるようでうれしいです。
2巻もばっちり買う予定。第一話はこちらから試し読みできますよ。
『潜熱』1巻 ・・・・・・・・・★★★★
悪い男を好きになる。そういうのもきっとわるくない。潜む、熱。ピッタリのタイトルだ。
小学館の青年誌の女性主人公漫画は、こういう路線ホント強いな。
過去も未来も かなしみもよろこびも全て 『僕だけがいない街』9巻(外伝)
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誰かいませんかー?
ヒット作となった「僕だけがいない街」第9巻。
本編は8巻で完結しており、9巻はサブキャラクターたちに焦点を当てた外伝集となっています。
9巻として出たのでやや分かりづらい仕様かもしれませんが、内容は充実の一冊。
ヒットした後に、しかも本編が終わったあとで出る外伝って、いかにも商業的な事情を勘ぐってしまうものではあるけれど、大事に描かれていることが伝わってきました。
本編最終話に登場する、主人公のモノローグです。印象的。僕だけがいない街
そこに刻まれた時間こそ 僕の宝物だ
いろんな解釈はあれど、主人公の口から語られた本作タイトルのひとつの答えでもあり、この作品のストーリーを思い返しながら噛みしめると、染み染みと、主人公の感動や切なさや、誇りと感じられるものが、たしかに伝わってきます。
9巻はいわばそこの、「僕だけがいなかった」街の日々を描いた群像劇。
誰もがあの悲劇に縛られながら、しかし主人公が確かに変えることができた日々。
様々な角度からもう一度物語を見つめ直す、番外編にして最後の一幕。
装丁も、特別感があります。実際手に取ると分かるんですけど、「Re:」の形でニス?で加工されています。こういうの好き。家でシュリンク破るまで仕掛けに気が付きませんでした。
『雛月加代』
中学に進学した雛月からスタート。彼女は真相を知らないけれど「自分のためにひどい目に合せてしまった」と人一倍、悟に対する罪悪感が強かった彼女。やはりというべきか、ずっとずっと、献身的に悟の看病をしてくれていた。
本編でも一部語られていた内容ではあるけれど、悟が眠りについているあいだの雛月というのは非常にドラマチックな要素でもあり、読めて嬉しいです。
個人的には最初本編で雛月があの形で再登場して、おもいっきりドキンとさせられたんですが・・・・・・・・こうして見てみると、大正解。中学の雛月、みちゃおれん。
この作品は大人がきちんとカッコいいのも好きだったポイントで
本エピソードはやっぱりかあちゃんが素敵すぎるんだよなぁ
雛月の描写は痛々しくもあるけれど、こんなに多彩な表情を見せてくれて、すごく生命力を感じるんですよね。そういう意味でも、悟の行いの価値が、ここで輝く。
『小林賢也』
いやぁ・・・本編最終話はいいブロマンスでしたね・・・。BLとも違う、友情とも違う。けれど非常に強く結びついた男と男の、使命を共有し戦いを終えた者たちのドラマ、その終着点・・・!!
というわけで主人公・悟のよきパートナーであり理解者であり、ともに事件を追った小林賢也少年のエピソード。
今にしても思えばアホですけど、ミステリアスなキャラだったせいで、本編読んでる最中はじつはコイツが犯人の可能性は・・・?とか考えていました。
しかし今回で彼の中身がすべてわかりましたね。
優等生がゆえの達観や苦悩、そして自らを恥じ、人間としてみるみる成長していく姿を見ることができます。いやぁ、出来た両親だなぁ・・・。
クールだった少年を、情熱が突き動かしていく。シンプルに熱い。
『藤沼佐知子』
作中ナンバーワンのイケメンキャラ。通称かーちゃん(通称ではない)
母親という立場からよりハッキリと悟の動きを見てきた人物でもあり、母親であることからそこに複雑な思いも抱いてきた女性キャラクター。
離婚という過去が悟に与えた影響というのが実はあんがい大きかったのだというのが今になって分かるんだけれど、母親からすると、息子の成長というか変化って本当に著しいものだろうなとも思う。だってある日から突然、息子が中身だけ年食ったんだもんな・・・。
しかし彼女の視線から物語を見ると、俺は彼女を超人的な女性だと思っていた部分があったんだけれど、それは違ったんだなと思う。彼女の素質もあるが、母親なりの気付きが大きい。注意深い観測・観察のなせた技だったのだ。
「でかした あんた達」といい、本当に心強い言葉をいくつもくれた。
母子のキズナもテーマのひとつとなっていた本作だけに、非常にエネルギッシュな番外編でした。読めてよかった。
『片桐愛梨』
本作ヒロインの、本編最終回の直前までのエピソード。
彼女の底抜けのポジティブさというか、キラキラした佇まいって、きっと過去に戻る前の主人公に影響を与えていただろうし、つまり本編の重要人物に間違いない。
ただ、過去の事件に迫るというメインストーリーである以上、どうしても後半からは彼女の出番が少なかったのが寂しかったな・・・が!やはりヒロイン!最後は持っていく!
多くは語りませんが、そしていつの頃かは知りませんが、
物語はコミックスのカバー裏へと続くのです。
その2人分の足跡は、8巻最終話とも見事にリンクしており、いやぁいい終わり方。
しかし雪に閉ざされていく、静寂が際立ったラストシーンのなんと美しい事か。
舞台が雪国であり、そして本編も、時効となり人々の記憶から消えていく事件を解決するための物語だった。
「雪に覆い隠されていく」ことそれ自体が、この作品を鮮烈に彩る風景だった。
覆い隠されたものを暴き、そしてまた未来は雪に閉ざされていく。
という感じで、個々のキャラクタの視点から空白の期間を描いた番外編。
きっちりと8巻で完結した作品ですが、蛇足にならずにうまく読者がみたいポイントを描いてくれている一冊だと思います。
特に傷ついた雛月・ミステリアスな少年だった賢也のエピソードは、作者がなくなく本編から削ったというのが納得の内容の濃さでした。
これでいよいよ一連の「僕だけがいない街」シリーズも完全完結かな。
とても読み応えのあるミステリー漫画でした。著者の新作も楽しみです。
『僕だけがいない街』9巻(外伝) ・・・・・・・・・★★★★
外伝集。読みたかった断片たち。そしてやはり物語の雪の中で終わっていく。
一貫したテーマを感じます。
たったそれだけのための万能薬 『売野機子のハート・ビート』
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じゅりがアパートから出て行ってしまった
おれたちの にせもののアパートから
今でもひとりでアジカンの「ソルファ」や事変の「教育」を聞いているときは立ちあがってエアギターをしているので、根本的に10年前からなんら進歩がない。
漫画を読むのと同じくらい音楽を聞くのも好きで、大好きなものが2つも一緒に摂取できると小躍りしてしまう。音楽漫画が好きです。演者側でも、リスナー側でもいい。音楽が流れている漫画が好き。
そんなわけで「売野機子のハート・ビート」もドンぴしゃ。
もともと大好きな作家さんだったんですけど、今回のテーマはもうズバリ音楽。
まずこの作品集のこのタイトルをつけるのがニクいですよね。
「売野機子のハート・ビート」・・・短編集に作家名が冠せられてるのも、まるでラジオ番組名のように感じられるのもかっこいい。
ラジオ番組のようだというのはまさしく、本作はナビゲーターである著者が、いかに読者を心地よく楽しませラストシーンに運ぶかをきっちりと計算し1冊に仕上げられている感触もある。その点で言えばラジオ番組とも言えるが、ミュージシャンのミニ・アルバムに近いかもしれない。
各話の行間にはプレイ画面まで表示されて、デザインも細部に拘りが光る。
絵柄がレトロな少女漫画を思わせる作風なのに、細部には現代的なエッセンスが盛り込まれていて、そのギャップも甘酸っぱい。
全4曲。いろんな角度から、「音楽と生きる人」「人に寄り添う音楽」を描く。
すげぇ面白いってわけではないんだけどすげぇ好き。そんな本。
『イントロダクション』
有名バンドマンがとある夜明けに、一般人の女性に一目惚れする。
無骨だがロマンチストな性格の主人公。彼がこれまで歌ってきた歌詞になぞるようにシンクロしていくストーリーがとても美しいです。
この作品に登場するヒロインとか、後述する「青間飛行」のLULUとか、まさしく売野機子作品のヒロインの王道をいっている。言葉数が少なく、覚めたような顔をして、冷たい言葉を放ちながら、強く強くぬくもりを求めている。不器用な女性だ。
本作には「ああ、この瞬間って素敵だ」「こういうとき、相手を好きだと思う」というような、瞬間瞬間のロマンチシズムというか、
甘酸っぱい感触だけを遺していく断片がいくつも重ねられている。
ストーリーもしっかりしているけれど、本当に詩集のようだ。
夜明け前、過ぎるヘッドライトが君の髪を1本1本を照らしていく。
ヒロインの詳細はネタバレになってしまうんだけれど、彼女からすれば望み続けた音楽を手に入れた形にもなって、それに自分の血を混ぜていくんだろう。
彼女の執念が現実に勝ったとも言えるけれど、主人公からしても彼の空想が現実に塗り替えられていく感覚があるはずだ。男女ちがった立ち位置からひとつの曲に接していて、そして人生が交わった瞬間に、より強く光る。
パッと眩く照らし出される瞬間に宿る、男女の甘い夜の物語。
・・・冷静になればなるほど、ヒロインが恐ろしくなるけどな!!
『ゆみのたましい』
貫かれるような力強い言葉がとにかく印象的な一片。
おねショタものだが、一筋縄ではいかない、初恋のストーリー。
高名な音楽家の母をもつ主人公のぼく。音大受験のために母に教わるべく、ぼくより6つ上の女子高生ゆみが家にやってきて、ふたりの交流が始まる。
音楽がもつ残酷な一面が描かれていて、たとえば本作では音楽にまつわる才能の話だ。ただ寄り添うだけの優しいものではなく、時として人は音楽に”選ばれる”。そして選ばれなかった人だっているのだ。
ヒロインのゆみは、恵まれていて、きっと幸福だった。
そこを主人公のぼくは幼さゆえに勘違いをして、勝手に寂しくなって、自分の知らない世界の巨大さを知る。
少年が、大人の世界に触れてハッとする瞬間に、切り刻まれたようなショックって尊いよなあ、大事だよなぁ。
けれどそんな時に、ゆみが放つとっておきのセリフが心に染み込む。
モヤモヤした気持ちがすっと透明になるような感覚がお見事でした。
『夫のイヤホン』
このコミックスでは一番好きな作品かも。
これは音楽と仕事をする人間ではなく、ただの一般市民にまつわるエピソード。
専業主夫をしている男性が、昔のヒット曲をテレビ番組で聞いてから、なーんかひっかかる感覚に囚われしまう。ずっとイヤホンで昔の曲ばかりきいてしまう。
違和感の正体を探っているだけなのに、いつもと違うようすの旦那さんに奥さんも慌てふためいて可愛いったらありゃしない。
思春期の生きづらい日々の中。
親の言葉も遠い。友人の言葉も見当ハズレ。自分の言葉も見つからない。
答えを知りたいのにだれも答えてくれない孤独の毒に犯されていく。
きっとそんな時に救ってくれたり、答えをくれたり、そもそも悩みを忘れさせてくれる・・・そんな役割と、10代の時に聞く音楽というのは担ってくれている。いや音楽に限定せずに、なにか夢中になれることとか憧れとか、とにかく自分だけが浸れる別世界というのは、本当にあの時、頼りになるのだ。
本作における音楽というのも、そういった面をフィーチャーしている。
音楽と思い出は、俺たちの中で血管につながれている。
人生は地続きで、昔聞いていた曲を再び聞いて、当時を思い出し立ちすくむ時だってある。けれど今きいている音楽を、10年後、どんな時に再び聞いているだろうか。
夫婦の空気感も大好き。穏やかな顔して、自分にとってのやわい部分を鋭利に突いてくる。それでいてポジティブで、音楽への情熱も過剰ではなく、馴染みやすい。
いい漫画だなぁ。俺はこういうぬるい漫画、大好きなんだよ。
『青間飛行』
大ヒット歌手のLULU。彼女はとある男からのインタビューしか受けなかった。
ところがその男(主人公の上司)がアメリカに渡って別の仕事を始めるってことで白羽の矢が立ったのが春紀。音楽ライターの主人公だ。
音楽ライターの仕事ってどんなのだろうっていう意味では、面白い世界を覗けてワクワクする短編となっている。
同時に、気難しい女性歌手のバックボーンから始まり、仕事を通じて音楽で繋がった男女の、遠く薄く秘密めいた、甘酸っぱいストーリーへの向かっていく。
LULU、大人の世界で怯えて縮こまる少女でしかない。圧倒的な才能のせいで、だれにも彼女は笑顔を晒せられなかった。
そんななか、主人公の上司だけは彼女に歩みよった。
上司は、どんな遣り取りがあの日にLULUとあったか、話そうとしない。
それは彼自身も、話したくない美しさをあの思い出に感じていたんじゃないかな。
恋心とかではなく、人と人の心がつながれた瞬間の、微かな振動を。
LULUが青空を仰いだシーン、映画のワンシーンみたいで泣きそうになった。
そんな感じで音楽をテーマにした短編集。
どれもこれも、いろんな角度から音楽と人の関係を描いていて堪らない。
人を選びそうな作風ではあるけれど、刺さる人にはきっとぶっ刺さる。
今後も、おぼつかない、美しい、不器用な物語を描いてほしい作家さんです。
音楽の持つ作用って時に恐ろしく、時に優しく、いろんな言葉で音楽について語る本作は
自分の中にまた新しい音楽観を作ってくれたようにも感じます。
最後に本作で印象的なモノローグを。
おれたちは
ゆらぐものと
ゆるぎないもとの
波間を遊ぶ
『売野機子のハート・ビート』・・・・・・・・・★★★★
好きな音楽を聞いているとき、普段より少しだけマシな自分になれる気がする。
それだけ。たったそんだけの万能薬。
きっと今は自由に、空も 『魔女くんと私』
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これって 魔法のせいじゃないのかな
警戒心のつよい怯えた小動物を、デレッデレになるまで、なつかせたい
一発目から欲望ダダ漏れになりましたが「魔女くんと私」の感想です。
縞あさと先生の初コミックスにして初連載作。いきなりハイレベルなデビュー作。
これがですね・・・めっちゃ破壊力強くて、ちょっとヨロメキましたよね・・・
ファンタジー要素もある青春ラブストーリー。さくっと読めてオススメです。
主人公の女子高生・凪のクラスに、とある少年が転入してきました。
真白というその男の子は実は魔法のちからを秘めた、魔女の一族。
男でありながら「魔女」と呼ばれる彼にはしかし、重大な秘密があります。
男の魔女は単体では魔法が扱えない。
魔力の源は女にあり、男の魔女は、女に接触した状態でないと魔法を使えないのだ。
にも関わらず。男の魔女になったばかりに散々な扱いを受け続け、
真白くんは女子アレルギーとなってしまったのだ・・・!
というわけで真白くんがめっちゃかわいい。ハイ。
そもそも人見知りというか積極的に人と関わろうとしない消極的なヤツなのに、加えて女子が苦手なせいで勘違いされまくる。
じっさい女子を避けるようになった致命的な理由も明かされるんだけど、
「苦労してきたんだろうなあ」と一発で伝わる"目つき"をしている。
すさんでいて、人に怯えた、まるで捨て犬のような。
そんな彼に興味を持つ主人公、凪。
最初こそ衝突をするも、徐々にいっしょにいる時間も増えていく凪と真白。
この凪がいいキャラをしているんですよ、真白をいい意味でコントロールする存在で、真白くんの持つ対人距離のテリトリーにズケズケに入り込み、引きずり出す。
ちょっとSッ気もあるのもかわいい。
イタズラをしたくなっちゃったときの彼女のすこし妖しい表情にゾクゾクします。
そんなわけで、2人の空気感がバツグンに好きになってしまったのです。
凪ちゃんが真白くんをムリヤリ可愛がる感じとか、
最初は怯えていた真白くんが少しずつ心を開いてゆく感じとか、もう。
設定も上手にボーイ・ミーツ・ガールの高揚感を手助けしてくれる。
女子アレルギーの男の子が、女子に触れたときだけ、魔法を使える。
そんな葛藤が滲む設定に、彼らの感情の変化も合わさって
後半はニヤニヤがとまらねぇ事にやっていく訳ですよ。
触れたくないけど、触れたい。
「異性に触れる」という思春期の、10代の、圧倒的な憧れを
それこそ本当に「魔法」に直結させる、このダイナミックな舞台がたまらん!
どんどんと真白くんも凪ちゃんも、表情に熱を帯びていくんですよ。
魔法というファンタジーな要素があっても、誰かを手つなぐことで心がときめいてしまうような、ありふれた、少年と少女の初恋の物語なんです。
魔法で起こせる事象は、真白くん自身の精神状況も多いに影響するという、
その前提を踏まえると、彼の放つ魔法の特性の変化や、それが使用された場面との噛み合わせすべてがメッセージを含んでいてタイヘンに良い(良い)(良い)。
これは真白くんの成長の物語でもあって、彼が凪という少女に受け入れてもらったことで、すこしずつ癒やされていく。ついでに懐いていってしまう。かわいいなあ、かわいいなコイツめ・・・!!
ときおり、彼が「男の子」としてムキになっちゃう時があって
思春期男子の図鑑の説明通りな行動をしてくれるので、
「意識しすぎィ!!」ともうこっちは爆笑モンなんだよな。
絵のタッチも、眩しさでかすむような、柔らかく切ない感触。
作品の魅力のおおきなポイントとして、作画の素晴らしさというのが間違いなくありますよ。見た瞬間に「好き」ってなるもんな。はかなげで甘酸っぱい。柑橘系の匂いがコミックスに刷り込まれんじゃねえのか。尊い・・・。
描き下ろしの初雪のエピソードとかその最たるもので、あまりにもエモすぎて一旦正座して読んだぞ。
気になった箇所は、本当に細かいところで本編ではないんですけど、
オビに「いじめたい系赤面男子!!」って書いてあるんですよ。
真白くんの魅力を閉じ込めたひじょうに分かりやすいテキストだと思うんですけれど、「いじめたい」という言葉はちょいと強すぎる気がして。本編で言ってないし。
というか途中で魔女への迫害・差別意識といったややシリアスな要素も顔を出す作品で、実際に真白くんもそういった目に合ってきたであろうキャラクタなのに
堂々と「いじめたい系赤面男子」と言い放つのは些か無神経でなかろうか。
まあそんな事を気にする俺もちっちゃいなと思いますが・・・
個人的には本当に大好きで、応援したい。これで終わってほしくないなぁ。
ぜひ続編を出してほしいですね。「男の魔女」という設定で学園で恋愛してくれるの、美味しすぎてもっともっと寄越せという気持ちでいっぱいです。
「魔女くんと私」シリーズではなくても、今後も追っていきたい作家さん。
いい新人さんが出てきてくれた。こういう、ピタッとくる作家さんが新しく出て来るとワクワクしてしまいます。次のコミックス待ってます。
『魔女くんと私』 ・・・・・・・・・★★★★
眩しいボーイミーツガール全1巻(今のところ)。男子がかわいい少女漫画はいい漫画だ。