[漫画]それでも歩もう。だから手をつなごう。『朝霧の巫女』9巻
朝霧の巫女 9 (ヤングキングコミックス) (2013/04/30) 宇河 弘樹 商品詳細を見る |
まるで 朝霧のようだ
大・団・円!ついに終わったー!
「朝霧の巫女」9巻感想です。ながーく続いた作品も、ついに完結巻!
2000年連載開始、07年終了。しかし単行本作業は終わらず、連載終了から6年で最終巻発売。
この作家さんは本当に職人気質で、こだわりが強いということは作品を読んでいて伝わってきます。じっくりと作業が進められてきた単行本は、本当に鬼気迫る。
自分は当時雑誌では読めていませんでしたが、単行本化するにあたり変更点は非常に多いようですね。加筆・修正は山ほどあるんだとか。
雑誌掲載版を電子書籍でもいいので出してくれると嬉しいんだけど、まぁ無理だろうなぁ…。
正直言って内容は後半から難解になってきました。稲生物怪録や日本神話の知識にとぼしい自分では、内容の半分ももしかしたら理解できてないのかも知れません。
しかしそれでも作品の迫力、深い愛情と憎悪、込められたエネルギーに圧倒される!
いやむしろ、自分の知らない知識が至る所に散りばめられていたからこそ、なんだろう、知識欲みたいなのも刺激されたりしていた。そういうのも含めて、いっぱい楽しめた作品。
現代と幽世、そして神話が交差する物語と風景には本当に魅了されました。
様々なキャラクターの想いが結集される最終巻は怒涛の盛り上がり。
攫われた巫女。黄泉から溢れ出る異形と神々。まさに最終決戦。
死者と生者、そして人ならざるもの。その隔たりが今にもなくなる。
ものすごいスケールの戦争が描かれており、テンション上がるしか無い!
そして絶妙に厨二心をくすぐる作品なのですよ。かっこいい口上とか、神話とかさ。
以下、ネタバレ含みますので注意。
前巻→妄執の果てになにがあるのか。いざ、最終局面へ。『朝霧の巫女』8巻
最終巻。人々の思いや執着はどこに辿りつくのか。
ラストということでこれまでの伏線を回収しつつ、それぞれが自分の気持ちに決着をつけていきます。
この作品は血や因縁や輪廻転生など、『つながり』を様々な形で描いて来ました。
(絆と言うとポジティブなイメージが強くなるので『つながり』と言う)
つながりの中で宿る、一言では言い表せない感情とともに、非常に丁寧に。
それは深い愛情であったり、消せない憎しみであったり、尊敬、畏怖、嫉妬、侮蔑、未練、懺悔、哀れみ、慈しみ…。
それら感情を宿す多彩な人間関係。
親と子。怪と人。男と女。友人。主従。嫁姑。生者と死者。そして神と人。
人と人がどうつながり合っているのか。そこにどんな感情があるのか。
結い上げられた想いのドラマに、自分はこの作品に面白さがあったと思います。
特にこの作品なネガティブな『つながり』こそしっかりと描かれており、話を支配する重要な要素でした。そこから重厚な人間ドラマが展開されてきたのです。
それはまさに呪縛。人に土地にすべてのその者を縛り付ける、呪いのようなつながりです。
だからこそ各キャラクターが出した結論に興奮したり涙したり、ともかくクライマックスに相応しい読み応えがありましたよ!!
最終巻で各キャラどんな結論を出していったのか、それをひとつひとつ挙げていくのは手に負えない大変な作業になってしまいますが、印象深いものを書いて行きたいと思います。
●花於と倉子
花於との別離がトラウマとなっている倉子。黄泉の世界が溢れでたことで、花於と再会することになりました。
8巻の一番最後で花於ちゃんが出てきたときはめちゃくちゃテンション上がったものです。
人と怪の、叶えられなかった友情。それを司る、種族の異なる女たち。
倉子がどんな結論を出すのかは本当に気になっていた所でしたが
ホッとするような、しかし強烈に切ない結末でした。
人間のエゴではありますが、結局そこからは逃れられない。
もう一度花於ちゃんの手を振りほどくこと。泣きそうでも、泣いてしまっても、力の限り悲しみながら、現実を生きること。勇気ある結論であり、人間の強さを示した場面でもあったのかもしれません。
●忠尋とこま
死ぬことで望みを叶えたこまさん(8巻)。未だこまさんを求める忠尋。
第32話の2で彼は死んだこまの盲愛(の幻?)に呑み込まれてしまいます。
この時は左目と巫女委員会の介入で助けられますが、同時進行的に描かれていた倉子がちゃんと花於に別れを告げることができたこととの対比で、忠尋の脆さを改めて感じさせられた場面でした。
でもその後でちゃんと忠尋は自分から柚子への想いを取り戻し、こまさんの幻影を振り払うことができました。死者の想いを振りほどく覚悟は、どれほどのものだったろうか。血の繋がった愛おしい存在に、みずから「さよなrら」を告げる。
こまさんとの最後の離別のシーンは名場面ですわ。
最後は本当に静かにそっと、りんと解けた。妄執は晴れたのだろうか。
思わずこまさんの過去話を「妖の寄る家」で読み返したことは言うまでもない。
そしてこまさんの消えた後、立ち尽くす忠尋からただよう空虚感…。
完全な気持ちの整理はつかない。死別はつらい。
けど生きている者は、未来に生きていかなければならない。歩いていかねばならない。
そしてそれを死者は見つめる…。
生者が死者を見送るだけではない。死者が生者を見送る様子も描いています。
これまでの積み重ねで、このこまさんを見た時には、思わず涙ですよ…!
なんて暖かな視線を向けているんだろうか。彼女の想いは、ここまで晴れたか。
こまさんについては後で「母親」について書くときにも追記しよう。
●乱裁道宗と熊沢菊里
死んでは生まれ、輪廻し続けてきた2人。想い合っているのに、結ばれない男女。
いやむしろ男だから女だからという領域を超えている。
7巻で2人の壮絶なつながりを読んでから、非常に気になっていた2人。
愛の怨霊のような菊理。使命のために彼女の想いを退け、けれど本当に大切に守っている。
クライマックスでは主を失ったことで現世に乱裁を縛っていた呪いが消えたのか、彼もまた…。
最後の最後まで愛しあい、けれど結ばれなかった。
乱裁が消えてしまった後、嗚咽しながら凄まじい顔で苦しみ号泣する菊理もすごい。
めちゃくちゃ心揺さぶられる。このカットは本当に読んでいて苦しかった。
「皆と歩め。俺の分まで生き抜け」
「それが兄の望みだ」
そう言い残しあんな晴れやかな顔で逝かれたら…残された方はどうすんの。
でも乱裁は分かっていたから安心して任せたんだろう。
菊理は決して独りにはならないと。共にいてくれる者達がすでにいることを。
乱裁が最後に見せたのは、妹に手向けた強烈な愛情と
立場上やむなく敵となってしまった忠尋たちへの、信頼だったのだろう。
忠尋たちを信じて、妹を託して逝けたんだろう。いい男だった…。
●日瑠子陛下バンザーイ!
バンジャーイ!日瑠子陛下バンジャーイ!
美少女天皇の日瑠子様、怒涛の大活躍。彼女がいたからこその「朝霧の巫女」のラストであったと断言できるでしょう。
おいおい、最初のころなんか病状みたいに描かれていたのに…
長説法は無用!
あなた方が改心して矛を差し出すまで
わたしの鉄拳は緩みません!!!
血を啜り泥に這っても
人々の命を取り戻し、共に生き抜き歩む道を残したいからです
カッコよすぎるだろ。なんて逞しい!
あまりにも大きな人類愛を持ったお方ですよ!
「道を残したい」という言葉が、あまりにも重い…!!
そんな陛下に忠誠を誓う1番の臣下が斎藤である。
めちゃくちゃカッコよくて強いマッシュルームかブロッコリーみたいな老人。
最終的にはなんか船になってスサノオに激突してたよ。
意味わかんないけどとりあえず最高の爺さんだったということである!!!
日瑠子様は神と同化してしまったようだけれど、きっとなんでもできる斎藤のことなので、なんかしてずっと陛下の傍にいるんだろう。ロリ天皇と老人の永遠の主従。ロマンティックじゃない。
しかし改めて、「歩む」という言葉が本当にグッとくる使い方をされている。
人の営みとして。未来へ進んでいくために。自分の意志で足を踏み出すこと。
生きていくために背負っていかねばならないことはたくさんある。
それでもちゃんと歩いでいくんだろう。そうして歴史を作っていく。
●朝霧の巫女は「母の物語」
この作品は「母」の物語だったのとも思います。
印象深いのがこまさんと結実、2人の母親同士のの確執。
こまさんの忠尋への妄執。忠尋と結実の亀裂。
最終的には日瑠子陛下もスサノオを自らに宿し、母親(母神?)となりますしね。
とくに忠尋(子)をめぐっての女同士の争いは壮絶で、これほどまでに親の執念を見せつけられて恐ろしくなるほどまでの体験をした作品は無いような気がする。
そこに複雑な心中の主人公・忠尋が介入し、さらに胸締め付けられる親子のドラマも展開。
こまさんと結実さんは、それぞれ違った性質の「母親」の想いを作中に溢れされていました。
子を想う親の気持ち。親を想う子の気持ち。これらがこの作品の大事な要素でもあった。
自分は結実さんのモノローグを読むと心が苦しくなる。
途方も無い後悔と今も続く苦悩が、言葉の細部からすらにじみ出ていて。
母になることを棄てたわたしは
かわりに守るべきものを探し続けていたのかもしれぬ
さまよいながら生きてきて、気づけばここにたどり着いていた
現実から、子から逃げ出した母親。
本当は愛したかった。けれどそれは叶えられなかった女の苦しみ。
こまさんの描写はこれまでたくさんありましたが、意外と結実さんの心を捉えた場面はそれほど多くはなかった印象。最終巻にして彼女の傷がしかと見えてきて、痛々しかった…。
結実さんに関しては単行本最後のページを見てほっこりするのも忘れちゃいけない。
ともかく。
いろんな要素が絡み合った作品ですが、「母」というものの描き方は本当に印象深い。
人間臭さ満点な女性として。または新しいものを作り出す神秘的な存在として。
諸々ひっくるめて母親への敬意、畏怖、みたいなものが込められているのかもしれない。
日本神話に出てくる母親エピソードも、チラッと調べてみたらだいぶ面白かったです。(俺はマジで日本神話の知識がないのです)
古来から母親というのは、ドラマを背負っているんだろうな。
次の世代へと受け継がれていく、つながれていく血のバトン。
そういうのに深いロマンを感じるのも、この作品のテーマとしてしっくり来る。
クライマックスでは主人公のご先祖たちが現れますね。ここは名シーンやで…。こまさんバイバイしてるしよ…。
子を信じて未来に送り出す、親側の決意。
朝霧の巫女が完結したのは、こまさんのこの結論を出したからかもしれない。
●糸の話
運命の人とつなぐのは赤い糸ともよく言いますが。
「朝霧の巫女」でも、糸は重要な役がありましたね。
人がほどければ糸に戻る。むしろ世界すら、高天原で成された織物。
人と人とつなぐものの表現としての糸。存在をなすものとしての糸。
改めてこれら人の世界を『糸』と表すことに面白さを感じました。
糸という言葉に宿るイメージがなんとも好きだ。なんだろう、奥ゆかしさや頼りなさ。一本だけでつながっていてもつぐにプツリと切れてしまいそうだけど、2本で撚り合わせればもっと強くなれる所とか。
弱いそうで強いようで、けれど縁の力を感じるような、いい表現ですね。糸。
「けして独りで離れぬように。迷わぬように」
手をつないだ表紙の2人は、最終巻を飾るに相応しい。
自らの手でほどけた糸を海から見つけ出した、正真正銘の運命の糸。
糸を束ねれば紐。紐という言葉も、所々で出てきたな。
●まとめ
短篇集「妖の寄る家」からじっくり丁寧に描かれてきた長い物語「朝霧の巫女」。
いかにして未来と向き合っていくのか。
この弱い世界で生きていく意志を見せていくか。
どう決着がつくんだろうかとワクワクしながら読みましたが
時に残酷に時に優しく、エンディングは晴れやかな心地で迎えられました。
しかし願わくば、その戻ってきた日常をエピローグとして見てみたかったなぁという気持ちが強いです。あと数ページ、日常描写を入れて完結してくれたら、もっと気持ちよかったかも。
特に菊理の傷はそう簡単に癒えるはずもないもので、彼女がこれにどう向き合っていくか、もうちょっと見て安心感を得たかったという思い。
単行本ラストでは、これから登校しようっていうキャラクターたちが描かれています。
でもこれでも足りない!長く続いたこの作品のエピローグを、もっとじっくり味わいたかった。ワガママな読者だよまったく!
だけど十分、彼らの未来を信じることができる終幕。
となりの人と、大切な人を手をつなぐ。シンプルなたったそれだけのことがどれほど尊いのか。
親と子。怪と人。男と女。友人。主従。嫁姑。生者と死者。神と人。
いろんな関係性を内包した作品でした。
人の感情の恐ろしさも描いてきて、その迫力にゾクゾクさせられてばかりでした。最初はラブコメだったはずなのに、後半からガチシリアスですからね…。
けれどとても前向きな決着。その切なくも暖かな感触に、心も安らぎました。
死者と向き合うという切実なテーマも、自分は大好きだったなぁ。
そし神秘的な世界観と背景描写。最高に雰囲気がよかった…。
思えばアワーズの漫画ではヘルシングよりトライガンより先に読んだなぁ。
中学生の時から追っていた作品だったので、終わってしまうのは寂しいですが
それでも忍耐強くこれだけ美しくヘヴィな傑作を仕上げてくれた宇河先生には、本当に感謝しかありません。
まだまだ読み解けていない部分もたくさんあります。これからも思い出したように読み返しては、「朝霧の巫女」の世界にどっぷり浸かりたいなぁ。
カバー裏オマケ漫画、最高に余韻をブチ壊してくれました。これぞ朝霧の巫女!
『朝霧の巫女』9巻(完結) ・・・・・・・・・★★★★☆
綺麗なだけではない命の苦悩、叫び。ずっしりと心に響く作品でした。