[漫画] あなたと死にたい。『不実の男』
ブログ7周年を迎えて8年目に入りました。なんだかんだで結構長くなってきたな。
おまえが死んでからずっと死にたかった
どうしたことでしょう。山田酉子先生、今年入って3冊めの作品集!
各社いろんなところで執筆しているからこそなんでしょうね、この発売ペース。
普段ほとんどBLは読まない俺ですが、この作家さんは追っていますね。
なんといっても溢れ出る言葉のセンスが最高にストライク。リリカルでセンチメンタルでポエミーで…ふわっとしつつ心をグサグサえぐってくるような感触がたまらんです。
今回の短篇集は「死にたがる人」をメインに据えたものが集められている。
全体的に、消えない心の陰りをなんとなく感じます。
悲観主義者ってペシミストって言うらしいですね。ググったら出てきた。そんな感じだと思います。
ペシミストたちの短篇集。女々しい男。情けない男。くだらない男。クズな男。
ほの暗い、ぼんやりとした絶望がずーっと視界を覆っている、脳を支配する…それでいで山田酉子流の軽やかなポエム調デザインで彩られた作品たち!
このポップな憂鬱。爽やかな厭世観。嫌いじゃない。むしろ大好き…!
けっこうエグい傷を見せつける作品もありますけれど、やっぱりオシャレに彩ってしまうね、この作家さん。むしろこの柔らかさに油断して、時に振りかざされる悪意のナイフにヤラれたりして。
個人的には、今年出た3冊の中では今回のが1番好き。
影を背負った暗い男たちばっかりです。
短編が5つに、描きおろし番外編を加えた構成。
短篇集なので順番に感想を書いていこう。
現役の男子高校生(彼氏の甥っ子)に触れたことで、自信の高校時代に思いを馳せ、なんだか懐かしくも苦々しい味わいに心震わせる。
かつての自分に「聞いたか 高校時代の俺よ」と語りかけるシーンが、この作品とこの主人公の全てでもあるかもしれない。
これといった罪悪感もなく、浮気をした。
まるで自然なことなように、大好きな人以外の男と寝た。
それはつまり彼にとって、それは本当に自然なことだったから、なのでしょう。
その子はきれいで繊細で尖っていて、遠いようで近い。
だってきっと似たもの同士だから。彼を愛することは、悩み悔やんで涙をのんだ昔の自分へたむける花だったから。あの頃の自分を救う大切なひと時だったから。未来にはこんなに素敵な日があるんだよと伝える餞だから。
主人公と年下の彼。重なる部分も結構あって、それが読み手にもチクリとした感触をもたらす。
過去の自分をなんとか祝福しようとする姿には、弱々しくも神々しい光がさすような、不思議な感慨がありますなぁ。
それにしてもまーーーー彼氏がクズ!描きおろし漫画「不実の男」はクズ・ラブ!な歪んだ内容となっており、興奮してしまう。ここまで理不尽でいいのかよ、と。
わざと傷つけてるような気もするが、単純に無神経なだけなのかもしれない。計算ずくの悪さなのか天然なのか読めないがどっちにしたってクズいのである。
ともかく彼は時に悪意でもって主人公を縛り付ける。甘い束縛は、むしろ縛り付けるよりもっと強烈に主人公を吸い寄せる。
ダメな恋をしているなって見えるけれど、ダメな恋なりに、なんだかうまくやっていけそうなのが不思議なものだ。もちろん、主人公はこれから何度だってコイツのせいで傷ついて泣いたりするんだろう。でもその度にご褒美をもらって、またすがる。
ああ、主人公もダメ人間なんだな、こりゃ。かわいらしい意地悪な関係。
死を望む少年の暗部に、ぎりぎり手が届かない。手をひっこめたそばから少年はどっぷりと湖に沈んでいき、本当の顔が見えなくなる。
暗いお話だ。冷ややかな余韻を残す。柔らかな失望を浴びるイヤな寒気。
うまく死ぬことができなった男たちの、シンプルな物語ではあるんだけれど、それだけではない、少年と大人の差、みたいな残酷な一面を見せつける。
それでいて少年の横顔に「大人」を見つけるラストは絶品モノの美しさ。
男は情けないね。少年は思い切りがよく、全てを託せたのだ。
仮にどんなに幸せになったってきっと。
貴方とともに死ぬ喜びに代わるものなんて無いと、彼はそう思っていた。
なんという清潔な愛情…。このモヤモヤした感情をどうすれば!でもモヤモヤしたいからこの作家さんの漫画よんでる部分もあるので、ある意味ではこれぞ醍醐味なのである…
言葉の響きのみにまず着目した、吟遊詩人たる山田酉子エッセンス。
弟の死によりスランプになったミュージシャン。彼にスリを仕掛けたクズ男。そこから始まるひねくれた関係は、優しい再生への男たちを導く。
これは比較的明るい話でしたね
ただ死にまつわる短篇集であることから、どうしたって喪失感がのっぺりと存在していて、居心地が悪い。居心地が悪いが、その中で安定を見つけ出していく。どうにかして、生きていく。
そういう意味でこの「ひゅーすとん」は死に立ち向かうためのひとつの結論を探し当てた物語でもあり読後感はすごくよかったです。
死を描くということは、逆説的に生を描くものなのだな。
「死にたがる男」として弟が面白い。
まぁまず死にたがるに理由はないのかもしれない。そういう人種なのだろう。作中には弟が実はとても寂しがりやだったのかも的描写も少しあるが、確証は持てない。やっぱり何故死ぬのかははっきりと見えない。
そういう掴みどころのない、いつ消えてしまうか分からない存在は
きっと誰かの心をかき乱して、そのまま攫っていくものなのかもしれない。
魅惑的で、最高に卑怯な生き様を見せつける死者たちこそ、ダメな男への愛がみなぎる本作「不実の男」の真髄だなと思ったりする。
死こそ不実。だから良いって見方もある。
これは完全に主人公が死にたがり。恋人と心中をはかり、自分だけが生き残った。その後は惰性のまま歩み続けている。
死の香りが濃密なんだけど、ズッシリ重くはならない雰囲気作りがお見事。
それはなにより、もう死んでいて一番ヘビーな状況にある幽霊くんが、なんとも可愛らしいからっていう理由。
「貴方なしでは生きていけないから、はやく呪い殺してよ」
と身勝手なことを思っている主人公だけれど、しかしそんな絶望の淵から少しだけ踏み出すラストの、ほんわかとした心地よさ。祝福感が素敵。
すごく暗い死にたがりの漫画だけれど、優しい漫画でもあるなぁ。
恋は生命を輝かせる。恋は死を誘う。
そのどちらかを選択できるのも生者の特権だな。
一緒に死ぬことでしか満たされなくなるほどとは、どれだけ切迫した恋だったのだろうかと、心中というシチュ自体けっこう萌えたりするもので。
「つめたい恋人」同様に、最愛の人に先立たれ残された男の話。
孤独の者をよそから眺めている視点がけっこう鋭いですね。
タイトルにもあるように孤独。どう癒すか。どう殺すか。生きてる限りずっと孤独であることには限界があるかもしれないけれど、主人公は孤独であることで恋人に操を立ていているような感じ。
孤独を通じて愛する人に想いを捧げる。いじらしい切ない愛情だなぁ。染みる。
ずっと貴方の中で生きていたい。そう祈ったプログラム。
死ぬ側にも残される側にも等しく降り積もるやるせなさに震える。
ストレートに感動で気持ちが昂ぶって泣けるお話です。
ラストシーンの暖かな2人の時間に、スッと胸の氷が溶けて冷たい水になったみたいな、よく分からないけどそういう感覚がした。まだ冷えているけど、もう感情を凍らせる必要もなくなった。
「ワードサラダ」ってオシャレだなぁ。俺も頻繁に使って行きたい。こんなのまるで出来の悪いワードサラダだね、とかうわキザだなこれは。
言葉のチョイスやリズムからくる余韻が全編にまぶされていて、味わい深い短編。
そんな「不実の男」感想でした。
山田酉子先生のBL短篇集では、これまでで1番好きかもしれない。
蔓延する喪失感。コイツがもう垂涎モノってもんです。
全作とにかく「死」のにおいが漂っていて、研ぎ澄まされた緊張感と絶望感がぬるい味の薄い紅茶にでも浸かってるかのようなムードがたまりません。
短いエピソードばかりなのに、たっぷりと甘い、淡い、柔い、切ない余韻を残していく。
山田酉子先生の作品はフラットな体温を持っていると思います。熱くも冷たくもなく、肌にフィットする感じの。だから疲れない。
でも今回の作品は、ちと体温低めな作品が揃っていて、それが印象深い。
今回で確信しましたが、俺は山田酉子作品の、最後の一言が好きだな。
各エピソードのラストを飾る、とっておきの言葉。
これがもう堪らない。これが最高の余韻を残してくれる。
今回もまるで詩集みたいな心地良いリズムがクセになる漫画でございました。
『不実の男』 ・・・・・・・・・・★★★★
死と恋の短篇集。世界は乾いているのに読んでると心潤う、染みる一冊です。
いちど少女漫画雑誌でも読み切り描いたので、また少女漫画も読みたい。
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おまえが死んでからずっと死にたかった
どうしたことでしょう。山田酉子先生、今年入って3冊めの作品集!
各社いろんなところで執筆しているからこそなんでしょうね、この発売ペース。
普段ほとんどBLは読まない俺ですが、この作家さんは追っていますね。
なんといっても溢れ出る言葉のセンスが最高にストライク。リリカルでセンチメンタルでポエミーで…ふわっとしつつ心をグサグサえぐってくるような感触がたまらんです。
今回の短篇集は「死にたがる人」をメインに据えたものが集められている。
全体的に、消えない心の陰りをなんとなく感じます。
悲観主義者ってペシミストって言うらしいですね。ググったら出てきた。そんな感じだと思います。
ペシミストたちの短篇集。女々しい男。情けない男。くだらない男。クズな男。
ほの暗い、ぼんやりとした絶望がずーっと視界を覆っている、脳を支配する…それでいで山田酉子流の軽やかなポエム調デザインで彩られた作品たち!
このポップな憂鬱。爽やかな厭世観。嫌いじゃない。むしろ大好き…!
けっこうエグい傷を見せつける作品もありますけれど、やっぱりオシャレに彩ってしまうね、この作家さん。むしろこの柔らかさに油断して、時に振りかざされる悪意のナイフにヤラれたりして。
個人的には、今年出た3冊の中では今回のが1番好き。
影を背負った暗い男たちばっかりです。
短編が5つに、描きおろし番外編を加えた構成。
短篇集なので順番に感想を書いていこう。
クズ彼氏に振り回される主人公が浮気しちゃうお話。●不実の友
現役の男子高校生(彼氏の甥っ子)に触れたことで、自信の高校時代に思いを馳せ、なんだか懐かしくも苦々しい味わいに心震わせる。
かつての自分に「聞いたか 高校時代の俺よ」と語りかけるシーンが、この作品とこの主人公の全てでもあるかもしれない。
これといった罪悪感もなく、浮気をした。
まるで自然なことなように、大好きな人以外の男と寝た。
それはつまり彼にとって、それは本当に自然なことだったから、なのでしょう。
その子はきれいで繊細で尖っていて、遠いようで近い。
だってきっと似たもの同士だから。彼を愛することは、悩み悔やんで涙をのんだ昔の自分へたむける花だったから。あの頃の自分を救う大切なひと時だったから。未来にはこんなに素敵な日があるんだよと伝える餞だから。
主人公と年下の彼。重なる部分も結構あって、それが読み手にもチクリとした感触をもたらす。
過去の自分をなんとか祝福しようとする姿には、弱々しくも神々しい光がさすような、不思議な感慨がありますなぁ。
それにしてもまーーーー彼氏がクズ!描きおろし漫画「不実の男」はクズ・ラブ!な歪んだ内容となっており、興奮してしまう。ここまで理不尽でいいのかよ、と。
わざと傷つけてるような気もするが、単純に無神経なだけなのかもしれない。計算ずくの悪さなのか天然なのか読めないがどっちにしたってクズいのである。
ともかく彼は時に悪意でもって主人公を縛り付ける。甘い束縛は、むしろ縛り付けるよりもっと強烈に主人公を吸い寄せる。
ダメな恋をしているなって見えるけれど、ダメな恋なりに、なんだかうまくやっていけそうなのが不思議なものだ。もちろん、主人公はこれから何度だってコイツのせいで傷ついて泣いたりするんだろう。でもその度にご褒美をもらって、またすがる。
ああ、主人公もダメ人間なんだな、こりゃ。かわいらしい意地悪な関係。
これが今作では1番好き。このどん底感がたまらない…。●誰かと夏
死を望む少年の暗部に、ぎりぎり手が届かない。手をひっこめたそばから少年はどっぷりと湖に沈んでいき、本当の顔が見えなくなる。
暗いお話だ。冷ややかな余韻を残す。柔らかな失望を浴びるイヤな寒気。
うまく死ぬことができなった男たちの、シンプルな物語ではあるんだけれど、それだけではない、少年と大人の差、みたいな残酷な一面を見せつける。
それでいて少年の横顔に「大人」を見つけるラストは絶品モノの美しさ。
男は情けないね。少年は思い切りがよく、全てを託せたのだ。
仮にどんなに幸せになったってきっと。
貴方とともに死ぬ喜びに代わるものなんて無いと、彼はそう思っていた。
なんという清潔な愛情…。このモヤモヤした感情をどうすれば!でもモヤモヤしたいからこの作家さんの漫画よんでる部分もあるので、ある意味ではこれぞ醍醐味なのである…
ヒューストンって響き、面白いな。ってのは自分も思ったことがある。●ひゅーすとん
言葉の響きのみにまず着目した、吟遊詩人たる山田酉子エッセンス。
弟の死によりスランプになったミュージシャン。彼にスリを仕掛けたクズ男。そこから始まるひねくれた関係は、優しい再生への男たちを導く。
これは比較的明るい話でしたね
ただ死にまつわる短篇集であることから、どうしたって喪失感がのっぺりと存在していて、居心地が悪い。居心地が悪いが、その中で安定を見つけ出していく。どうにかして、生きていく。
そういう意味でこの「ひゅーすとん」は死に立ち向かうためのひとつの結論を探し当てた物語でもあり読後感はすごくよかったです。
死を描くということは、逆説的に生を描くものなのだな。
「死にたがる男」として弟が面白い。
まぁまず死にたがるに理由はないのかもしれない。そういう人種なのだろう。作中には弟が実はとても寂しがりやだったのかも的描写も少しあるが、確証は持てない。やっぱり何故死ぬのかははっきりと見えない。
そういう掴みどころのない、いつ消えてしまうか分からない存在は
きっと誰かの心をかき乱して、そのまま攫っていくものなのかもしれない。
魅惑的で、最高に卑怯な生き様を見せつける死者たちこそ、ダメな男への愛がみなぎる本作「不実の男」の真髄だなと思ったりする。
死こそ不実。だから良いって見方もある。
これも大好きだなー!暗い暗い!●つめたい恋人
これは完全に主人公が死にたがり。恋人と心中をはかり、自分だけが生き残った。その後は惰性のまま歩み続けている。
死の香りが濃密なんだけど、ズッシリ重くはならない雰囲気作りがお見事。
それはなにより、もう死んでいて一番ヘビーな状況にある幽霊くんが、なんとも可愛らしいからっていう理由。
「貴方なしでは生きていけないから、はやく呪い殺してよ」
と身勝手なことを思っている主人公だけれど、しかしそんな絶望の淵から少しだけ踏み出すラストの、ほんわかとした心地よさ。祝福感が素敵。
すごく暗い死にたがりの漫画だけれど、優しい漫画でもあるなぁ。
恋は生命を輝かせる。恋は死を誘う。
そのどちらかを選択できるのも生者の特権だな。
一緒に死ぬことでしか満たされなくなるほどとは、どれだけ切迫した恋だったのだろうかと、心中というシチュ自体けっこう萌えたりするもので。
これも、これも素晴らしい…。●中土井さんの孤独
「つめたい恋人」同様に、最愛の人に先立たれ残された男の話。
孤独の者をよそから眺めている視点がけっこう鋭いですね。
タイトルにもあるように孤独。どう癒すか。どう殺すか。生きてる限りずっと孤独であることには限界があるかもしれないけれど、主人公は孤独であることで恋人に操を立ていているような感じ。
孤独を通じて愛する人に想いを捧げる。いじらしい切ない愛情だなぁ。染みる。
ずっと貴方の中で生きていたい。そう祈ったプログラム。
死ぬ側にも残される側にも等しく降り積もるやるせなさに震える。
ストレートに感動で気持ちが昂ぶって泣けるお話です。
ラストシーンの暖かな2人の時間に、スッと胸の氷が溶けて冷たい水になったみたいな、よく分からないけどそういう感覚がした。まだ冷えているけど、もう感情を凍らせる必要もなくなった。
「ワードサラダ」ってオシャレだなぁ。俺も頻繁に使って行きたい。こんなのまるで出来の悪いワードサラダだね、とかうわキザだなこれは。
言葉のチョイスやリズムからくる余韻が全編にまぶされていて、味わい深い短編。
そんな「不実の男」感想でした。
山田酉子先生のBL短篇集では、これまでで1番好きかもしれない。
蔓延する喪失感。コイツがもう垂涎モノってもんです。
全作とにかく「死」のにおいが漂っていて、研ぎ澄まされた緊張感と絶望感がぬるい味の薄い紅茶にでも浸かってるかのようなムードがたまりません。
短いエピソードばかりなのに、たっぷりと甘い、淡い、柔い、切ない余韻を残していく。
山田酉子先生の作品はフラットな体温を持っていると思います。熱くも冷たくもなく、肌にフィットする感じの。だから疲れない。
でも今回の作品は、ちと体温低めな作品が揃っていて、それが印象深い。
今回で確信しましたが、俺は山田酉子作品の、最後の一言が好きだな。
各エピソードのラストを飾る、とっておきの言葉。
これがもう堪らない。これが最高の余韻を残してくれる。
今回もまるで詩集みたいな心地良いリズムがクセになる漫画でございました。
『不実の男』 ・・・・・・・・・・★★★★
死と恋の短篇集。世界は乾いているのに読んでると心潤う、染みる一冊です。
いちど少女漫画雑誌でも読み切り描いたので、また少女漫画も読みたい。