[漫画]炎に焼かれ、嵐の中で戦い続ける者たち。『3月のライオン』8巻
3月のライオン 8 (ジェッツコミックス) (2012/12/14) 羽海野 チカ 商品詳細を見る |
―――まるで焼け野っ原にいるみてーだ…
爺様―――!!!
買いに行ってこの爺様表紙とご対面した時には軽くびっくり。目立ってました。
まぁ確かに、8巻はこの柳原朔太郎が輝きを放ちまくりでありまして。
爺様カッコよすぎるだろ・・・と打ちのめされました。
もちろん柳原さんだけじゃない。宗谷名人の凄まじい才気と静かなる狂気にも触れる。深々と心に染み入る、穏やかだけど透明感ある迫力。読みながらなぎ倒されてしまいそうになる熱気。その両方が1冊で味わえもうほぎゃぎゃー。
大きく2つのポイントがあった巻だと思います。
順番に行こう。まずは宗谷名人について。
前巻のラストでいよいよ桐山と宗谷名人の対局が始まりました。
8巻はそこから、桐山が宗谷名人の世界に入っていくのが印象的。
嵐の中心、台風の目は穏やかだと言いますが、その穏やかな空間を知ることが出来るのは、もとより嵐の中心にいるか、嵐を突破した者のみ。
73話「白い嵐」で、自分はまだ嵐の中に入ってさえいなかった、と桐山が感じるシーンがありました。
そして対局に合わせるように、台風が日本にやってくる。目前には嵐が待ち構えている。多くの先人たちが戦い続けている領域が。
勝負の世界、宗谷名人の世界が「嵐」に例えられてあり、この作品の技を見せつけられます。
宗谷名人に関して、静か、無音、といったキーワードがちょくちょく出てきます。
その真髄を見ることができるのがこの対局でした。
嵐の中心にいる彼の心は、ひたすらに穏やか。
対局がはじまってすぐはがむしゃらな桐山でしたが、じきに様子が変わる。
「まるで銀色に光るまぶしい水が すみずみまで流れこんでいくようだった」
という桐山のモノローグがありました。これがすごく好き。
「まぶしい水が、すみずみまで流れ込む」。とにかく爽やかで気持ちよさそうな表現だ。ただ清々と心地よい空気に浸っています。
事実対局を終えたあとの桐山はぼんやりしながらも熱にうかされたようなリアクションを見せています。「まっ白だった。指してる間、2人でずっとまっ白い中にいた。――それがとても心地よかった」とまで語る。
宗谷名人の世界は、まっしろで無音で、心が気持ちいい。
対局してはじめて、その世界を知った。
78話の島田さんを見ても、宗谷名人の世界は、ほかの棋士から見てもあこがれであることが伺えますね。
あの強さを手に入れたい、という憧れのではない気がする。
静寂の中で深く将棋を楽しみたい、と言葉にすれば甘ったれなものな気がするが、それに近い、楽園を見上げてるかのような姿勢が見える。
宗谷名人の世界は唯一無二であり、狂気に近いものがあれど、それは確かに遠く高い頂だ。
孤高はひどく美しい。誰も寄せ付けないのではなく、近づいた人を魅了する。
その世界を知ったからには、我慢はできない。
また戦いたい。盤の向こうに宗谷名人がいる場で、自分の将棋を指したい。
至極当然のことのような、しかしまばゆい新鮮さを持った意思。
また戦えることを目指して、嵐の中を戦っていくんだ、彼は。彼らは。
対局後、宗谷名人の過去の棋譜をあさる桐山。
自然と吸い寄せられてしまうものなんだな。嵐という戦いの中に。
今回宗谷名人の身体的な秘密も明かされました。ああ本当にアブない人ではなかったんだな、というちょっとした安堵。桐山のあとをついてくる場面ではかわいいなとすら。
しかしこんなものを背負っていながらも戦い続けているのかと思うと、痛々しくもある。しかし、将棋に執着し続けるその姿勢は、やはりカッコいいのだ。
誰も寄せ付けない自分の世界を確固たるものとして持っているんだろう。だからこそ強い。悲しいことでもあるけど、棋士のとっての1つの理想を体現している人なんだろうな。まぁ名人なんだからそのまんまなんだけど、地位の話だけじゃない。
続いては棋匠戦。島田さんと柳原さんによる対局。
これが凄まじくて、ふつふつと血が湧いてくるような高ぶりを感じました。
おいおいオイオイ、柳原棋匠カッコよすぎんだろ!!
柳原さんは通算十期達成の「永年棋匠」獲得のため、島田さんは初タイトル獲得を目指す一局。いくら見た目地味でも、戦いを積み重ねてきた熟練の男たちによる激闘に、胸を熱くせずにいられようか!!
66歳、A級。現役最年長の大ベテラン。化物の1人とまで言われる男。
柳原は7巻とかでも明るく元気なおじちゃんっぽさを見せていましたが
勝負に望むときの彼はつい息を呑んでしまう迫力。明るい人のイメージとのギャップで、牙を向いたときのカッコよさにはしびれるしかない。
「今日もまた火だるまになって 存分に苦しんでやろうじゃないか」
余裕に構えているようで、全然そんなことない。
この煮えたぎる闘志。爺になっても1人のプロ棋士だ。
「勝つことも、そして負けることも、いつだって簡単には決まっちゃくれない」
という彼の言葉が印象深いです。いつまでだって戦い続けてあがき続けて苦しんで、それを心の底ではしっかり楽しんでいる、器の大きさ。豪胆とも言える将棋バカっぷり。
かつての仲間たちは去っていった。今や現役最年長。
彼には多くの「たすき」が預けられています。志を叶えることができなかった友たちの「あとは頼む」「俺たちの分まで頑張ってくれ」の言の葉が込められた、1つ1つ重たいたすき。それがおびただしい程たくさんに。
たすきを預かる柳原さんのイメージは作中でも描かれますが、たすきが多すぎてそうとは見えない風になっている。
まるで包帯で巻かれた重傷者のような姿です。
焼け野原をさまよう、炎に焼かれ続けた男。
自分のような若輩者には伺い知れない、それでも想像できるプレッシャーだけで心が苦しくなってくるな・・・。
111ページでは老いた男の身体ってのをリアルに描いている。悲壮感ただよう姿ですが、これを見たからこそ、今なお戦い続ける柳原棋匠の姿に重みを感じる。彼の前をゆく者はいない。
島田さんと柳原さんの対局は激戦でした。
「棋士ならば誰もが、こんな将棋が指してみたいと、心の底から思わずにいられないような」と言われるまで。解説の桐山・二海堂も体の底からこみ上げる興奮を感じている。82話の桐山の泣きそうな表情もいいなあ。
最初この表紙を見た上で読みすすめていたら、
柳原さんはたすきから解放されるのかな、という予想をしていました。
それがねえ。上手いことやられた。泣けてきた。
島田さんの「じじい、若々し過ぎるだろう、その手はよ」もアツい。
この対局のクライマックスでの攻防、そして柳原さんの心理における演出は絶品でしたよ。
棋士たちを描いた作品だもの、高齢のキャラがたくさん出てきますよ。これまでもオッサンキャラに魅せられる場面もたくさん、たくさんありました。でもここまで爺さんキャラを中心に据えてカッコよく描いてくるとは。改めて「3月のライオン」すげぇ!
そんな「3月のライオン」8巻の感想。
学校のイジメ問題片付けて、次に66歳の爺さんを、ここまで熱く描いてくるんだもんなぁ。幅広い。それでいてテーマが散らからないんだ。
今回で二海堂くんも復帰して嬉しい。この子が元気だと癒し。
勝負の世界を描いた、「戦い」の物語です。
でも相手との勝ち負けだけじゃない「戦い」が、この作品にはある。
そこに重みがあり、やさしさがあり、強さがある。
心も身体も極限まで消耗して戦うんだもんなぁ、この漫画は。
この巻のクライマックスでは、大の大人が対局後に上向きに倒れ込みながら、顔に手あてて悔しがってんだ。それだけでもう、グッとくる。
自分にとっては、戦い続けている人生の大先輩らの胸のうちに圧倒されるばかり。
月並みな表現しかできなくて歯がゆいのですが、確かに勇気を授けてくれる漫画です。
戦う人。その姿を描く「3月のライオン」らしい巻でした。
いろんな人が、いろんな思いを胸に戦っているんだ。
『3月のライオン』8巻 ・・・・・・・・・★★★★☆
爺さんのカッコよさがみなぎる一冊。男の戦いだ。食い合いだ。