[本]静謐に潜む恋の哲学。ようするに恋愛はステキだ。 『薔薇だって書けるよ』
やること沢山すぎてヤバいけど睡眠時間は削らない!決して!
まるで夢みたいに柔らかな手のひらでした
期待の新人作家・売野機子さんの初単行本「薔薇だって書けるよ」。
「楽園」やWebで読んだ作品が多かったのですが、やはり単行本で読むとまた面白い。
装丁も綺麗ですね~。こういうギミックあるデザイン大好き。
では短編集ということで個別感想。長くなったかも知れません。
楽園1号で読んだ時、新人離れした画力・演出にびっくりしたものです。
こりゃ凄い人が出てきたぞと。単行本オビにも納得です。
物書き・八朔が一目惚れして結婚した少女・点子。
しかし彼女は、一般常識をほとんど持たなかった。なにも出来ない妻との新婚生活。
最初は「自分が全てやってあげよう」「全て教えてあげよう」と意気込む八朔だが
手応えのない、無意味なような生活に疲れ、しだいに離れていく心――
ついにとある出来事をきっかけに、八朔は離婚を決意してしまう。
16歳の少女から完全に依存される、といういろいろ羨ましいシチュではありますが
実際このような生活をしたら、大体みんな心が折れてしまいそう。
何もできない妻。だから教える自分。出来ない、教える、上手く出来ない、教える……
まるでおかしなロボットをプログラムで動かしているだけのよう。
背負いこみ過ぎた八朔には、妻の「出来ない」ことしか見えなくなった彼には、次第に点子の気持ちがまったく見えなくなっていってしまう。
けれど点子には、明らかな意思があります。
八朔に喜んで欲しい。たったそれだけ。
だから自分が不器用であると知りつつも家事をこなそうとするし、薔薇も買う…
そのひたむきな想いからついに罪を犯し、八朔の心も離れていく。
むちゃくちゃ歯がゆく、切ない展開……。
その分、ラストには清々しい救済があって嬉しかったです。
点子をめぐる描写はどれも詩的というか、深みがあるような気がします。
例えばこの作品は「点子はとりわけ駈け上がるのが得意だった」で始まります。
駈け上がる点子と、呼び止めてプロポーズする八朔という構図。
んで回想で描かれる、点子が八朔を特別だと認めた日。
やっぱりここも、駈け上がる点子と、下から呼び止める八朔。
まぁ100%意図した演出でしょうねこれは。
ついでに八朔が想像する、離婚届を役所に届ける点子も、やはり階段を駆け上がっている。
具体的な別れのビジョンも、やっぱり「駈け上がる点子」なのです。
ここでなんとなく八朔の深層心理が見えてくるような。
一度彼女を突き放したけど、駈け上がっていく(=遠くに行く)点子を見るのは嫌だという。
八朔は離婚届を届けに行く点子の想像をした。しかしその場に、彼女を呼びとめるべき自分がいない。いられるはずがない。そのことへの恐怖にも似た焦りが、彼を走らせたのでは。ようやく自分のことが分かったのか。
そしてラスト付近では2階の点子へ恒例の朝のプロポーズをする八朔。
最初から最後まで、八朔は駈け上がる点子を見上げ続けるのです。
その胸にある想いは、作中では揺れ動きますが、きっとこの先は、変わらないまま。
「薔薇だって書けるよ」は、凄く印象的なタイトルですが理解がちょっと難しかった。
薔薇=真の愛 描ける=知った という解釈でいいのかな。八朔は作家ですし。
八朔の心情を現したタイトルではないかと思っているのですが、どうなんでしょうか。
よーくみると表紙のタイトル「薔薇」「書」の部分が手書きなのも、ニヤリ。
自殺をしたミュージシャンが、自分が死んでからの世界を見ていくお話。
バンドメンバーは誰一人自分の死に脚を止めてはいなかった。むしろ喜んですらいる。
テレビを見ても自分の死はどこにもなかった。新聞の隅に、ほんの少しだ。
伝説になるために死を選んだのに、意味がないじゃないか。
落胆するミュージシャンですが、そこで一人の少女の姿を見つける。
自分のバンドの音楽を聴いて、ひっそり涙を流す少女を。
自分の夢を見失った。伝説になるべく自殺した。
身勝手だよなぁ。
まぁそれだけ行き詰ってしまったんでしょうけれど。
夢を叶えるために歩んだ道で、いつのまにか夢は擦り切れてしまった。
それはきっととても悲しくて、わりとありがちなことでもあると思う。
けれど、身勝手な死を選んだ彼だからこそ、最後に少女に送った言葉が「いつか子供を産むんだ」だったのかな。生きることで繋がっていくべきだと、死んでから分かったから。
世界に絶望して死に、死んでから自分の生きた意味を見つけ、新しい夢を少女に託した。
鮮やかな流れ。同時に、もうそれを成せない彼自身が切ないです。しょうがないですが。
ちっぽけな男の、くだらない人生の存在証明。
それはこの世界の、未来にめぐる生命の中にある。
男曰く、彼女は運命の女、らしい…。
しかし彼女にはすでに縁談が来ており、嫁入り前の身。
一人の女性の心の揺れ動きを丁寧に描いた作品です。
未来人は積極的な存在アピールはしてこないし
主人公の日高も、彼に対する明確な恋愛感情は持ち合わせていなかったように思います。
けれど2人でいることが日常になるにつれ、日高は彼にどんどん自分の胸の内を明かすようになっていきます。なんの土台もない人間関係の中だからこそ、吐き出せる感情もあるはず。
常に日陰の存在でいた日高。
けれど未来人の彼は、自分だけを見てくれていた。
そういう存在は本当に得難く、大切です。
最後の夜、そして2人はキスをする。
罪悪感と、ほんのすこしの安心感。
ホッとしたってのが面白いですね。
彼と過ごした時間が彼女にとってとても尊いものだったと、改めて気付かされます。
というか未来人は漫画の中ではかなりの存在感ですが
読んでいてなんとなーく、この男は日高の想像なんじゃないかと思ったり。
とか思っていたら、ラストのラストで視点が変わり、日高姉のモノローグ。
「未来人云々は口にしない」
どことなく含みがある言い回しです。
姉も実は未来人と関係が?と考えると、やはり未来人の男は存在したのですかねー。
ああ、夢の中の未来人に足があったってのも、そういう意味か。
まぁ深読みしすぎてる感じもしますが…うーむ。
あとこのお話は小道具の使い方が上手いですね。
飴、煙、湯気、雨。
日高の感情を切り取ったような、効果的な使い方をしています。
それと和風な風景が実に心地いい!
どこか幻想的な未来人の存在がが、日本らしさをより強調しているみたいです。
失恋したものの、それでも恋心をくすぶらせ続ける晴田さん。
その相手の結婚式に招待されるのですが、そこで彼女はある犯行をするのです。
ネタバレなのでこれから読む人はつまらなくなりそうなので注意ですが…。
タイトルにある「犯行」とは、指輪を返すこと。
大切に想い続けていたと、思い知らせること。
そしてこの行動は、同時に晴田の恋の終わりも意味する…。
うわーーー、切ない!
多分相手はよく分からないだろうし、完全に晴田さんの自己満足な行動なんですけどね。
少女は歳を重ねても、どこかに少女の部分も持ち続けるのかも。
にしたってももうちょっと報われてもいいと思いますが…
現実なんて往々にしてそういうものなのかもしれません。よく分からないけどw
素直に同性愛を描いていて、いいフックになってました。百合BL混合。
収められた他の作品の多くが、わりと感情をストレートに伝えるので
このシリーズは逆に、想いを伝えられないままの切ない空気がたまりません。
普通じゃない恋だと、自分でも分かっているからこそ。
ただ近くにそばにいる。ずっと見ている。「友人」として。
そんなスタンスで暴発も暴走もせず、わりと冷静な登場人物たち。
しかしついに動いた!ってところで収録分はおしまい。
もっともっと続きが読みたいです…!
続編もまた単行本になってくれれば嬉しいんですが、どうなるんでしょうねー。
以上、こんな感じの作品集。
切なかったり難解だったり…けれど恋愛は見る者の心を強く揺さぶりますねぇ。
絵ががっしりしているのもいいし、独特のテンポやモノローグがクセになります。
応援し続けたい作者さんです。
『薔薇だって書けるよ』 ………★★★★☆
すごい作家さんが出てきましたね。恋愛だけに収まらない、人間の深いトコロを描いた作品集。
落ち着いた空気の中にある渦巻いた感情。答えなんかない哲学みたい。
薔薇だって書けるよ―売野機子作品集 (2010/03/26) 売野 機子 商品詳細を見る |
まるで夢みたいに柔らかな手のひらでした
期待の新人作家・売野機子さんの初単行本「薔薇だって書けるよ」。
「楽園」やWebで読んだ作品が多かったのですが、やはり単行本で読むとまた面白い。
装丁も綺麗ですね~。こういうギミックあるデザイン大好き。
では短編集ということで個別感想。長くなったかも知れません。
表題作。初めて読んだ売野さんの作品もこれです。薔薇だって書けるよ
楽園1号で読んだ時、新人離れした画力・演出にびっくりしたものです。
こりゃ凄い人が出てきたぞと。単行本オビにも納得です。
物書き・八朔が一目惚れして結婚した少女・点子。
しかし彼女は、一般常識をほとんど持たなかった。なにも出来ない妻との新婚生活。
最初は「自分が全てやってあげよう」「全て教えてあげよう」と意気込む八朔だが
手応えのない、無意味なような生活に疲れ、しだいに離れていく心――
ついにとある出来事をきっかけに、八朔は離婚を決意してしまう。
16歳の少女から完全に依存される、という
実際このような生活をしたら、大体みんな心が折れてしまいそう。
何もできない妻。だから教える自分。出来ない、教える、上手く出来ない、教える……
まるでおかしなロボットをプログラムで動かしているだけのよう。
背負いこみ過ぎた八朔には、妻の「出来ない」ことしか見えなくなった彼には、次第に点子の気持ちがまったく見えなくなっていってしまう。
けれど点子には、明らかな意思があります。
八朔に喜んで欲しい。たったそれだけ。
だから自分が不器用であると知りつつも家事をこなそうとするし、薔薇も買う…
そのひたむきな想いからついに罪を犯し、八朔の心も離れていく。
むちゃくちゃ歯がゆく、切ない展開……。
その分、ラストには清々しい救済があって嬉しかったです。
点子をめぐる描写はどれも詩的というか、深みがあるような気がします。
例えばこの作品は「点子はとりわけ駈け上がるのが得意だった」で始まります。
駈け上がる点子と、呼び止めてプロポーズする八朔という構図。
んで回想で描かれる、点子が八朔を特別だと認めた日。
やっぱりここも、駈け上がる点子と、下から呼び止める八朔。
まぁ100%意図した演出でしょうねこれは。
ついでに八朔が想像する、離婚届を役所に届ける点子も、やはり階段を駆け上がっている。
具体的な別れのビジョンも、やっぱり「駈け上がる点子」なのです。
ここでなんとなく八朔の深層心理が見えてくるような。
一度彼女を突き放したけど、駈け上がっていく(=遠くに行く)点子を見るのは嫌だという。
八朔は離婚届を届けに行く点子の想像をした。しかしその場に、彼女を呼びとめるべき自分がいない。いられるはずがない。そのことへの恐怖にも似た焦りが、彼を走らせたのでは。ようやく自分のことが分かったのか。
そしてラスト付近では2階の点子へ恒例の朝のプロポーズをする八朔。
最初から最後まで、八朔は駈け上がる点子を見上げ続けるのです。
その胸にある想いは、作中では揺れ動きますが、きっとこの先は、変わらないまま。
「薔薇だって書けるよ」は、凄く印象的なタイトルですが理解がちょっと難しかった。
薔薇=真の愛 描ける=知った という解釈でいいのかな。八朔は作家ですし。
八朔の心情を現したタイトルではないかと思っているのですが、どうなんでしょうか。
よーくみると表紙のタイトル「薔薇」「書」の部分が手書きなのも、ニヤリ。
本作で一番好きな作品は、と聞かれれば、相当悩んでこれを選ぶかなぁ。日曜日に自殺
自殺をしたミュージシャンが、自分が死んでからの世界を見ていくお話。
バンドメンバーは誰一人自分の死に脚を止めてはいなかった。むしろ喜んですらいる。
テレビを見ても自分の死はどこにもなかった。新聞の隅に、ほんの少しだ。
伝説になるために死を選んだのに、意味がないじゃないか。
落胆するミュージシャンですが、そこで一人の少女の姿を見つける。
自分のバンドの音楽を聴いて、ひっそり涙を流す少女を。
自分の夢を見失った。伝説になるべく自殺した。
身勝手だよなぁ。
まぁそれだけ行き詰ってしまったんでしょうけれど。
夢を叶えるために歩んだ道で、いつのまにか夢は擦り切れてしまった。
それはきっととても悲しくて、わりとありがちなことでもあると思う。
けれど、身勝手な死を選んだ彼だからこそ、最後に少女に送った言葉が「いつか子供を産むんだ」だったのかな。生きることで繋がっていくべきだと、死んでから分かったから。
世界に絶望して死に、死んでから自分の生きた意味を見つけ、新しい夢を少女に託した。
鮮やかな流れ。同時に、もうそれを成せない彼自身が切ないです。しょうがないですが。
ちっぽけな男の、くだらない人生の存在証明。
それはこの世界の、未来にめぐる生命の中にある。
時代劇SF。未来からやってきた男と出会う女性の話。遠い日のBOY
男曰く、彼女は運命の女、らしい…。
しかし彼女にはすでに縁談が来ており、嫁入り前の身。
一人の女性の心の揺れ動きを丁寧に描いた作品です。
未来人は積極的な存在アピールはしてこないし
主人公の日高も、彼に対する明確な恋愛感情は持ち合わせていなかったように思います。
けれど2人でいることが日常になるにつれ、日高は彼にどんどん自分の胸の内を明かすようになっていきます。なんの土台もない人間関係の中だからこそ、吐き出せる感情もあるはず。
常に日陰の存在でいた日高。
けれど未来人の彼は、自分だけを見てくれていた。
そういう存在は本当に得難く、大切です。
最後の夜、そして2人はキスをする。
罪悪感と、ほんのすこしの安心感。
ホッとしたってのが面白いですね。
彼と過ごした時間が彼女にとってとても尊いものだったと、改めて気付かされます。
というか未来人は漫画の中ではかなりの存在感ですが
読んでいてなんとなーく、この男は日高の想像なんじゃないかと思ったり。
とか思っていたら、ラストのラストで視点が変わり、日高姉のモノローグ。
「未来人云々は口にしない」
どことなく含みがある言い回しです。
姉も実は未来人と関係が?と考えると、やはり未来人の男は存在したのですかねー。
ああ、夢の中の未来人に足があったってのも、そういう意味か。
まぁ深読みしすぎてる感じもしますが…うーむ。
あとこのお話は小道具の使い方が上手いですね。
飴、煙、湯気、雨。
日高の感情を切り取ったような、効果的な使い方をしています。
それと和風な風景が実に心地いい!
どこか幻想的な未来人の存在がが、日本らしさをより強調しているみたいです。
シンプルなお話。晴田の犯行
失恋したものの、それでも恋心をくすぶらせ続ける晴田さん。
その相手の結婚式に招待されるのですが、そこで彼女はある犯行をするのです。
ネタバレなのでこれから読む人はつまらなくなりそうなので注意ですが…。
タイトルにある「犯行」とは、指輪を返すこと。
大切に想い続けていたと、思い知らせること。
そしてこの行動は、同時に晴田の恋の終わりも意味する…。
うわーーー、切ない!
多分相手はよく分からないだろうし、完全に晴田さんの自己満足な行動なんですけどね。
少女は歳を重ねても、どこかに少女の部分も持ち続けるのかも。
にしたってももうちょっと報われてもいいと思いますが…
現実なんて往々にしてそういうものなのかもしれません。よく分からないけどw
各編の合間合間に置かれた連作ショート作品。オリジン・オブ・マイ・ラブ シリーズ
素直に同性愛を描いていて、いいフックになってました。百合BL混合。
収められた他の作品の多くが、わりと感情をストレートに伝えるので
このシリーズは逆に、想いを伝えられないままの切ない空気がたまりません。
普通じゃない恋だと、自分でも分かっているからこそ。
ただ近くにそばにいる。ずっと見ている。「友人」として。
そんなスタンスで暴発も暴走もせず、わりと冷静な登場人物たち。
しかしついに動いた!ってところで収録分はおしまい。
もっともっと続きが読みたいです…!
続編もまた単行本になってくれれば嬉しいんですが、どうなるんでしょうねー。
以上、こんな感じの作品集。
切なかったり難解だったり…けれど恋愛は見る者の心を強く揺さぶりますねぇ。
絵ががっしりしているのもいいし、独特のテンポやモノローグがクセになります。
応援し続けたい作者さんです。
『薔薇だって書けるよ』 ………★★★★☆
すごい作家さんが出てきましたね。恋愛だけに収まらない、人間の深いトコロを描いた作品集。
落ち着いた空気の中にある渦巻いた感情。答えなんかない哲学みたい。
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