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マンガ感想を主に書くブログ。移転につき凍結中。

[漫画]人と自然をめぐる、風味豊かな作品集『地上はポケットの中の庭』

地上はポケットの中の庭 (KCx ITAN)地上はポケットの中の庭 (KCx ITAN)
(2011/07/07)
田中 相

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   この一瞬は続きも終わりもせず 永遠の中に切り取られてある

年末になっていろんな漫画のランキングとか発表されましたねえ。
ランキングを鵜呑みにしようとは思いませんが、しかし上位にランクインした作品が未読のものだったりすると少々気になってしまうものです。ということ今日はそんな1冊の感想。
去年の夏ごろに発売された田中相さんの「地上はポケットの中の庭」です。
もともと気になっていたんですが、これは読んでみる価値ありそうだなと遅れて読了。
全5作が収録された短篇集ですが、今回はお気に入りの3作を。



・5月の庭
バイト先のコンビニにに入ってきた一匹のコガネムシ。
それを助けけてあげた主人公のもとに、でっかいコガネムシがお礼にやってきます。

地上1

デカい。シュール。
それで男の子とコガネムシが世間話をするお話です。1作目からだいぶ個性的です。
2人(というか1人と1匹)の会話はなんだか面白くて、でも共通点もあったりして、ふわふわした空気がちょっとだけ居心地のいいもに変わっていく感覚がよかったです。
まわりの人間たちも、こんなに人間サイズに大きなコガネムシを前にしても「おーすげー」くらいであんまり衝撃は受けてないみたいで。そういう不思議な温度の世界観が魅力です。


地上はポケットの中の庭
このコミックスの表題作。
とある老人の人生を振り返りつつ、家族に囲まれて幸せそうな現在を観ていくお話。
いつも不機嫌そうな顔をするおじいさんは、実はびっくりするくらいの小心者で、確かに今幸せであってもそれがいつか失われてしまう時が怖くなってしまう。

地上2

生まれることにすら「でもいつか死んでしまうんだろう?」と言うような人。
きっと意識していないだけで、あるいは仕方ないものだと割り切っているだけで、人間はみんなきっと死ぬのをとても怖がっている。主人公の怖がり様は滑稽ですが、どこか納得してしまうのです。
しかし印象的なのが「いつも蛾のように おそろしく光のさすほうへ引きずり出されてしまう(65P)」のモノローグ。ビクビクしながら暗がりに見を潜めていても、いつか失われてしまうとわかっていても、幸福に身を寄せるしかない人間の性。

そんなふうにモヤモヤを抱えつつ生きてきた主人公が、年を経た今。
たくさんの笑顔に囲まれて、彼はしずかに「なぜか不思議と悪くない」と受け止める。きっといろんなものをひっくるめて。
ささやかなような、しかし力強く暖かな、人生の喜びを噛み締めるストーリーです。
彼の思考を追っていくもので、地味といえば地味なお話なんですけども、自分はこれが1番好きでした。最後の見開きページのときめきは素晴らしい。最後にそっと微笑むおじいさん!


・ここはぼくの庭
4番目に収録されている短編。
トラウマを抱えて成長した主人公が故郷にもどり、友人と再開を果たすという内容。
しかしその友人との再開は、主人公にとってトラウマを呼び覚ますものでもあり・・・。
時折感じる冷え冷えとした空気が、ゆっくりと氷解していくまでを感じることができる、心あたたまるお話でした。こういう爽やかに友情を描く作品も大好きです!
心の底に張り付いた不安や後悔がはがれおちていくような読み心地。
静かに、でも勇気を持って確かに歩み寄っていった主人公の姿がたまらないです。
海を舞台とした作品でもあって、特に終盤に広がる海や砂浜や空の描写は爽快な気持ちになりました。最後のカットもいいんですよね。「やつは笑った」と満面の笑みで〆。
ちゃんとストーリーはありますがごく短く、とにかく物語に込められた色彩や空気をじっくりと味わうがための作品になっていると感じました。涼しい潮風を浴びるような感じで。
それはこの短篇集のどの作品にも言えることではありますが、この作品は特別香り高い魅力がある短編であったと思います。夏の風景が染みる、気持ちいい作品でした。



そんな感じの短篇集。
どの作品にも言えるのは、とても詩的であること。詩的というか、個人的にこの作品は漫画でポエムに取り組んだようなものだなと感じました。断片的なものに含みをもたせ、読者にその味わい方を委ねる。ハマる人はこの作品に無限大の魅力を感じるでしょうし、そうでない人にはちょいと寂しい単行本になってしまいまそうな。
個人的にこの作品で大きく心揺さぶられることはなかったのですが、静かに胸に染みこんでくるかのような感覚がありました。膨らみのある豊かな味わいがあります。
メッセージをストレートには伝えて来ないので、もうちょっと読者に歩みよってくれると嬉しかったのですが、しかしこの作品ならではの空気やテンポは確立しているなと思います。
作中に出てくる言葉の1つ1つが力強い上にキラキラしてて、セリフ回しのセンスも良い。
しかし物語のオチが弱く、全体的にスーッと通りすぎていくように感じてしまったかなぁ。
面白みの無い作品では間違いなくありませんが、少々人を選びそうだなということです。
植物とかムシのモチーフが大好きなんだろうなーというのは、カバー裏や巻末のオマケから伺えますね。気合の入ったあとがき漫画も面白かったです。
豊かな自然が広がる中で、人間たちのきらめきをスケッチした一冊。

『地上はポケットの中の庭』 ・・・・・・・・・★★★☆
独特の風味のある漫画。心を落ち着けて作品の空気を感じましょう。

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