[漫画]わたしは貴女の特別なひと。『やがて君になる』1巻
やがて君になる (1) (電撃コミックスNEXT) 仲谷鳰 KADOKAWA/アスキー・メディアワークス 2015-10-24 by G-Tools |
好きにならなきゃいけないと思って 辛かったんだね
「特別」って何だろうかと、思う瞬間。
仲谷鳰さんの初連載作、「やがて君になる」の1巻が発売されました。
発売前から知り合いに「いい百合漫画がある。分かりやすい百合とはちょっと遠いかもだけど」とオススメされて、どういうこっちゃと期待値高めに購入した次第。
結果的にはめちゃくちゃおもしろい。かつ、恋愛感情というものに対してこれまであまり見なかったようなアプローチがされているように感じられます。かなり新鮮でした。
ざっくり感想を書くとします。
漫画を読む前でも読んだ後でも、このインタビューは面白いと思うのでこちらも要チェック。
→百合作品に対する想いを語る――電撃コミック『やがて君になる』作者突撃インタビュー!
新入生、小糸侑。
恋愛が分からない。焦がれたいのに心が揺れない。
恋愛不感症とも言えるそんな主人公が、生徒会の先輩である七海燈子と出会って物語は始まります。七海先輩は男子からはもちろん女子からも愛の告白を受けるような、いわゆる高嶺の花。
「今まで好きと言われて、どきどきしたことないもの」とまで言ってのける彼女は
しかしとある事から小糸侑に心惹かれるようになり、アプローチをかけていく―――
はじめて特別な感情を抱いた先輩と、いまだ“特別”の感触を知らない小糸。
2人の関係にまつわる、様々な感情が少しずつ暴かれていく形で、ストーリー進みます。
恋愛不感症とは失礼は言い方ですが、そんな主人公・小糸侑のキャラクター性こそが、この作品の大きな魅力になっていると思います。
ときめき度高いセリフやシチュエーションが繰り出されたところで、彼女は動じない。きっとこれは喜ぶべきことなんだろう、素敵だな、と思いはする。でもそれは絵空事のように実感は無く、彼女にとって嬉しいも悲しいもない。感情が揺らがない。
本で読む、歌に歌われる、キラキラした恋模様。
まるで羽根が生えたように心は軽く舞い上がって、ドキドキして震えが止まらないような興奮。
そんなのを夢見るけれど、いざ告白されたって
舞い上がること無い心、しっかり地面を踏みしめたままの脚、静かなままの心臓。
小糸は先輩との関係性を通じて、これから恋を知っていく・・・という流れではあるものの
時折、この主人公の黒い感情が炸裂する。炸裂してくれる。これがたまらないんですよ!
“特別”を知った先輩に対して「ずるい」と、嫉妬のような感情を露にしてしまう。先輩の好きな人は自分なのに。自分がその“特別”の感情を知らないことからくるいらだち。
まずもって小糸が先輩に興味を抱いたのは、先輩が自身と同類だと思ったからだった。
その先輩は、ほかならぬ自分で“特別”を知って、変わった。
私も知りたいのに。私もそっちへ行きたいのに。どきどきして、ふわふわしたいのに。
けれど、特定の相手にこういった黒い感情を抱いてしまうってことも
恋愛不感症である彼女にとっては、ひとつの進歩のようにも思えたりする。
先輩の必死のキスを、無感情に無感動に受け止めた小糸。
彼女がそういう“特別”を先輩に抱く。ポジティブな気持ちでは無くても。
これというのもひとつ、先輩との関係における彼女の得たもののひとつに感じる。
・・・でも彼女は恋愛的な意味でどきどきできない意味での不感症であってけっして感情が無いわけではないです。
もとから感情が薄いこともあるだろうし、幼少のころから「恋とはすごいものらしい」というイメージが膨らみ上がりすぎて、いざ自分が直面したときのギャップが激しかったというのも原因にあるだろうな。
彼女の抱いた嫉妬だって、恋愛がらみではなく人間が備える元来の感情ではあり
これを彼女の恋愛的な進歩と呼ぶのもちょっとズレがあるかなぁと自分で反論したり。
でもひとりの人間に強い感情を抱くというある種の執着は、どんな形であれ心の距離を縮めるように思う。
ともかく、彼女の感情の揺れ動きを追うだけで、彼女のモノローグをひとつ取り上げるだけで、とてもワクワクするのです。なんてめんどくさい女の子なんだろうかと。でもそこがひどく可愛らしい。
どうして先輩は私のことを好きなんだろうかと、恋をする人たちがその身を焦がす感情とはどんなものなのだろうかと、小糸は悩みます。
幸せな悩みでもあるだろうけれど彼女は彼女なりに、涼しい顔をして、この命題に取り組むのです。
で、そんな難敵に恋してしまった七海先輩は、これまた本当に、乙女なんだ・・・
これまで恋というものを知らず、誰とも付き合いもせず過ごしてきた彼女。
クールな彼女が初恋を前にジタバタしてしまうのがかわいすぎる・・・!!
なんとか、なんとか意識してもらおうと不意打ちキスをきめたり
休みの日だってオマケみたいな理由を付けて会いにきたり
人前では凛々しい彼女が、裏からこっそり小糸に触れられたら動揺が隠し切れない。
ささやかなシーンですがペットボトル回し飲みの間接キスに照れちゃうのも地味に破壊力高い。
「アーーーッ!!アーーーーッ!!!」と思わずのけぞってしまう可愛らしさ。
相方がなにを言われてもされても赤面ひとつせずツンとした女の子なので
その反動のように、等身大の恋する女子が全面にあふれた七海先輩が際立つ。
けれど七海先輩にだって一捻りがあって。
七海先輩にとって、小糸は縋る先でもあったのだと。明かされてさらにニッコリである。
彼女は努力によって、平凡だった自分を変えて今に至った。
周りに好かれるため、信頼されるため、理想の自分を目指して、必死にもがいた。
七海先輩は、特別な自分であり続けたい。
けれど小糸は、”特別”を知らない。彼女の前でなら、特別である必要がない。
張り詰めた努力で日常を維持している先輩にとって、
小糸の前でだけは、”特別な自分”を手放せる。それこそが特別な関係なのだ。
恋愛的な意味での”特別”を探す小糸。誰かに認められた”特別”な自分が欲しい燈子。
ちがう意味合いだったはずの『特別』というキーワードがここで重なる。
読んだ時にゾクゾクきたんだ・・・お見事なんだよなぁ・・・!
一目惚れのような、最初から燃え上がるような恋じゃなくてもいい。
小糸の友人である朱里の失恋エピソード時にも語られることですが
それはそのまま小糸と先輩にも当てはまるもの。
かなり変化球な主人公ですが、だからこそこの作品は面白い。
主人公たちだけではなくサブキャラたちも今度動いていきそうな予感があるし
これは引き続きチェックしたいシリーズですね。
とくに佐伯さんは、これから黒い感情が出てきそうでワクワクします。
個人的には小糸の友人で黒ボブヘアの娘が好きなので活躍してほしいぞ・・!
百合漫画・・というにはイチャイチャ成分は少なく、そもそも恋愛そのものへのポジティブさに欠けているものの、やはりこれは、とても慎重な、とても臆病な、恋のおはなしだ。
そして恋愛にかぎらずより根本的な、人としてのつながりに視線が向けられているようにも感じる。恋というか、人を想うことに、焦点を当ててる。
「女の子だから」というより、「あなただから」と断言できるような
そういう、恥ずかしくも最高にかっこいい恋へと、物語は走りだした。
今はまだ遠いけれど、やがて特別な君になる。
いずれ来ると信じたい小糸ちゃんと初恋と、最高級の赤面を待っています。
『やがて君になる』1巻 ・・・・・・・・・★★★★
期待が持てる新人さんでありシリーズ第一巻。恋愛感情を遠くから眺めるような百合漫画です。
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