[漫画]あなたのそばにいられるように。 『25時のバカンス 市川春子作品集2』
25時のバカンス 市川春子作品集(2) (アフタヌーンKC) (2011/09/23) 市川 春子 商品詳細を見る |
おまえは私を 粉々にしてもいいんだ
初の単行本「虫と歌」から約2年。ようやっと短編集第2弾「25時のバカンス」が発売です。
アフタヌーンで掲載された「25時のバカンス」「パンドラにて」「月の葬式」の3作を収録。
今回もシュールなのに情熱的、グイグイ意識を引きづり込まれてはメチャクチャにさせられる、魅力的な物語たちが揃っています。市川春子先生の作品には中毒性あり。
装丁は前回と同じく市川春子先生自身が担当。実際に手で持ってさらに楽しめるつくり。
では短編集なので作品ごとに触れていければなと。
今回の表題作。2話構成で、これだけで単行本の半分くらいを占めるボリュームを持った作品となっています。・25時のバカンス
三十路をすぎた研究者の姉が、放浪している弟を捕まえて20歳を祝うお話。ざっくりそう言ってしまえばシンプルなんですが、これは本当に味わい深い漫画なのですよ。身震いするほど。
お姉ちゃんは新種の貝を食べたせいで、貝に寄生されてしまっています。身体の中は空洞。人の形はしていても普通じゃないキャラクターが登場するのがこの作家さんのお決まり。
寄生している貝たちも、初登場はグロかったんですけどそれぞれコミカルな面を見せてくれていて、寄生されてるお姉ちゃんも飄々としているおかげで、シリアスなはずがむしろそれが楽しい感じに。
そしてもう姉ちゃんと弟の空気がかわいくてかわいくて!
しっかり者でポーカーフェイスのクールなお姉ちゃんは、「お姉ちゃんらしく」あるためなのか、はたまた別の感情からか、弟とのやり取りの中にかすかに切なさを透かせています。
「声に届くところにいてよ、見てるからね」と弟が言った後、ポツリと呟いたのが上のシーンです。「見てる だけか」ですって!オオオオお姉ちゃんー!
姉ちゃんも弟も、流石血がつながってるだけあって程良い空気を保った会話をしているのですが、「深入りしちゃいけない」と遠慮してしまってる部分に、互いにちょっとだけ居心地の悪さを感じている感じというか。そんなもどかしさがまたたまらないのです!
そして極めつけは80ページですよ。身体を心配した弟に手をつないでもらうお姉ちゃん。
「見てるだけか」と呟いたお姉さんですが、いざ手をつないだら…
顔赤くなってる…。
実の弟にマジ照れ!クールな女性が思わず赤面してしまう様子はやはり素晴らしい!
俗っぽいこと書きまくってますが、本当はもっと真面目なこと書こうと思ってましたよ。でも文章にするために読み返してたら、ああやっぱりこの姉弟は最高にかわいいなと思いまして。
お姉さんのその特殊な性質からして印象深いシーンはたくさんあるのですが
中でも衝撃的かつエロティックなのが、山場にあたるこの場面。
(クリック拡大)
お姉さんの割れた下半身から腕を突っ込んで中をまさぐる・・・という見たこともない絵面のインパクトは強烈。「これ?」「それは違う!」と怒られた弟くんは一体なにを触ってしまったのか…こいつは興味が尽きないですな。
研究者としての極限のストイックさと好奇心が、どんどんと姉自身を弱らせる。
弟のために、弟のためにと自分をなげうってしまうお姉さんの生き方は非常に危なっかしです。でも後半明らかにされていく事実からも、彼女がどれだけ弟を愛しているかが分かり、頬がゆるんでしまう。
そんなふうに近親相姦を匂わせつつも、けれど物語の深いところで人間の業にも触れている。
たっぷりと盛り込まれた切なさとや温かさが心地いい。哀愁と清涼感を兼ねそろえる力作。
最終的には離別してしまうものが多かった市川先生において、このラストを読むことができる嬉しさと言ったら。弟が溺れそうになったとたん即浮上してきたお姉さんをみたときはもう…。
読み応えある愛のおはなしでした。大好きです。
84ページに出てくる「孤独は、生まれてから塵に帰るまでの苦い贅沢品です」のくだりも何気にすごいなーと思い、何度も口にしてみました。おもしろいなぁ。
続く「パンドラにて」は、後半の超展開がなんとも不思議な余韻をのこす作品。・パンドラにて
というか一体何がどうなったのか、うまく把握しきれない。でもなぜか目頭が熱い。
舞台は地球を遠く離れ、宇宙。土星の衛星パンドラです。
そこはえりすぐりの女の子たちの学校があり、主人公となるのはその学校の問題児である二条さんと、彼女の前に突然現れたしゃべることのできない女の子です。
終始独特のミステリアスな空気があって、ときおりコメディチックになることはあっても、何とも言えない感覚を引きづります。そしてラストへと。
ちょっとだけ百合っぽさを匂わせるも、メイン2人を繋ぐのは恋でも、友情とも少し違うような。終盤の展開は意味わからなくてもなんだかとても心に響いて何度も読み返してしまいました。
大勢の少女たちが踊る見開きページが好きです。
最後になる「月の葬式」は、2人の男が主役。・月の葬式
なんでも分かる、出来る高校生3年生の男の子が、きまぐれで試験をサボって北に逃げる。そこで偶然知り合った男と、なぜだからかりそめの家族になってしまうお話。
しかしその男は実はただの人間ではなく…と、途中から一気に話が動きます。
しかし今回の異人の特性は、視覚的にむちゃくちゃインパクトありましたね。というかグロい。肌が穴だらけになっている描写をしっかりと入れてくるので、苦手な人は鳥肌レベルでしょう。
でも本当にこの男どものやりとりはおかしくてかわいい。
ジョークや嫌みを言い合う様子がほほえましいです。友だちか、まるで本当の兄弟みたい。
ストーリーはゆるやかに盛り上がっていきます。ショッキングなシーンで一旦突き落とされてからも、だんだんと熱を帯びていく。無気力だった主人公に目標が出来てくる。
何でも分かるはずだった。自分は天才だった。でも、何もできやしない。
主人公は無力感に襲われますが、男が求めているのは治療ではなく、最後の瞬間をともにすること。そして死んだあと、自分を月の光にしてくれること。
後半に起こる2人の真摯な意志がゆえの微妙すれ違いがまたセンチメンタル…。
そして続く230ページの見開きは、圧巻。
エピローグでの締め方も素晴らしかった。最後の最後に見せてくれたほほ笑みが、極上のまぶしさ。絵的にはすごいことになっていますが、美しいラストですよこれは。
いびつな舌触り、でもなんかクセになる味。いい作品です。
そして「似合いますよ」と髪型褒められて豪快にガッツポーズ決めるるり子さんかわいい。
というかこの作品に登場するマダムたち、みんな愛嬌あっていいですねw
以上、「25時のバカンス 市川春子作品集2」の感想でした。
心と記憶に強烈に刻み込まれる絵、言葉、物語。
1冊目の作品集でまざまざと見せつけられたそれらを、今回もみせつけてくれます。
そして変わらないのは、作品の難解さも。
特に今回で言えば「パンドラにて」は未だに全貌がつかめない。でも面白い。その空気に触れていることがそもそも楽しかったりします。
他の作品で言っても、正しく読めてるか自信はありません。でもそれでいいのかも。
このなめらかで切ない、刺と毒を秘めた味わいに、そのままゆったりと浸っていたくなる。
よみといてやろうと躍起になっては、逆になにかを見落としてしまうような気すら。本当に感覚的な楽しみ方をしてしまう作品です。だから感想書きづらいです。でも大好きです。
そして1冊目と比べると、キャラクターから感じられる生命力が強くなった、かな。なんとなく。表情を描くのが上手くなったのかもしれません。
どの作品も人間と人間ではないなにかとの交流を描いたもので、まず見た目にインパクトある漫画になっていますし、それぞれの特徴を活かした切ない物語が展開しています。
ただ切なさはあっても、悲しい結末にはならない作品があるおかげで、前回と短編集と比べるとちょっとだけ明るめな内容と言えるかもしれません。
海、宇宙、雪国と、収録されてる3作の舞台も狙ったようにバラけていて、そういう意味でとてもバランスがいい。中でも「25時のバカンス」は珠玉と言わざるをえない、美味な一作でした。
繰り返し繰り返し味わいたくなる一冊だと思います。自分は寝る前にたまに読みます。
切なく温かい、命と命が紡ぐ愛があります。
『25時のバカンス 市川春子作品集2』・・・・・・・・・★★★★☆
2冊目の作品集。言葉にしづらい感情が積もり積もる、味わい深い1冊。
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