[漫画]終末のそばに儚い日常はある。『花と奥たん』2巻
花と奥たん 2 (ビッグ コミックス〔スペシャル〕) (2013/03/29) 高橋 しん 商品詳細を見る |
生きていること。繰り返されること。その幸せ。
でたー!高橋しんさんの「花と奥たん」2巻!
何度かの発売延期を経て、1巻からなんと4年ぶりの第2巻ですよ!
1巻が2009年4月発売でした。高橋しんさんがスピリッツでたまーに載せる不定期連載シリ―ズですが、まさかコレほどスローペースになるとは…。
個人的には「最終兵器彼女」以降の作品では1番お気に入りなのです。
カラーもたっぷりなおかげで値段もちょい高めですが、満足度高し。高橋しんさんのカラーはめちゃくちゃ眩しく綺麗なので、ちょっと値段張ってもこういう豪華仕様なコミックスが嬉しい。
内容は、非日常における日常系お料理漫画…という感じでしょうか。
毎回料理のレシピもついてくるので、料理漫画の要素は濃いです。
でもそれだけではない。心を締め付ける人間ドラマこそ最大の魅力。
1巻から2巻の間、この作品の読み方に影響を与える出来事がありました。311です。
物語が始まったのは、もちろんあれよりも前のことです。
しかしこの作品は緊急事態に陥った日本の混乱、そしてその中で生きる「家族」の現実を描いています。フィクションではありますが、しかしこの内容は、東日本大震災をめぐる出来事にも重ねられる…かも?
まぁそういう読み方ばかりしてもアレなので、普通に漫画として読みますが。
高橋しんさん自身、311以降にこの物語を進めていくことに、痛みが伴っていることがあとがきから伝わってきます。少しの迷いも感じ取れます。でも頑張って欲しいなぁ。この漫画を読んで、きっと勇気づけられる人もいるんじゃないかな。
そんな「花と奥たん」2巻の感想を。
ほのぼの天然な奥たんの日常は、驚きと優しさと、どうしようもない痛みと切なさの中にある。ほんわかとした中に、心がピリピリくる仄暗さと破壊的な部分が隠れていて、その二面性にドキドキする。
東京に巨大植物に呑み込まれ、奥たんの旦那さんは、帰ってこなくなった。
東京は完全に閉ざされ音信不通。たくさんの人の無事が分からなくなった。
それでも奥たんは待ち続けます。
きっと今夜にも旦那さんが帰ってくると信じて、旦那さんのごはんを作ります。
なんとも平凡そうにみえる日常。でも空を見れば、禍々しい巨大な花。
日常に異物が溶け込んだ風景は、この作品ならではの強烈なインパクトを与えてくれます。
「花と奥たん」は奥たんのお料理が主軸。食材を集めるために外出しいろんな人と出会ったり話したり、そして最後にごはんを作っておしまい。そんなお話なのです。
簡単に料理と言ってもこれが大変!
東京に巨大植物がはえて、そのせいで環境は大変化。おかしなカタチだったり、巨大すぎたり、いろいろ不安にさせられるミラクルな野菜たちが現れる。
そんな中で、「旦那さまのために!」と美味しく健康的なお料理を作るために奮闘する奥たん!
一途でおっちょこちょい、だけど逞しい奥たん。奥たんの活躍を見ていると、おもわず心動かされてしまうというものです。
…ちょっと、というかかなり、あざとさも感じますけどね、奥たんのキャラクターってw でもそれもいいのです。あざとくても和むしかわしいし胸がほかほかするのです。
奥たんは、家を守るために頑張るのです。家族でいるために頑張るのです!
多くの家族が離れ離れになり、心も荒んでいくひどい現実の中で、
奥たんのこの言葉は、とてもとてもきらめいている。
2巻。着実にストーリーが進みました。主に悪い方向に。
実は世界中であの巨大植物、通称「花」が咲いていて、世界中で混乱が起こっていること。…もはや世界の終わりを感じさせる、ショッキングな事実。
2巻で登場する学者の話では、「ちょっと、東京は手遅れかな。」とか。
そして人の心も、やがて疲れ果てます。
帰ってこない人を待ち続けることに。みにくい現実に。
奥たんと同じく夫の帰りを待ち、本来は避難しなくてはならない地域に住み続ける主婦たち。みんなで稲作をしたり、やってくる巨大バッタと戦ったり、賑やかに強く生きてきた主婦たちです。
その奥たん以外の主婦たちが、少しずつ、この町を去っていく。
これが2巻でとても重要なことであり、すごくつらかった。
だってそれは諦めだ。「もうあの人は死んだんだ」と割り切ったわけではない。けど生きるために今は決断をしなくてはならない。他の主婦たちは、帰りを待ち続けることを諦めてしまう。
彼女たちを責めることはできないんだよな。きっと当たり前のことなんだ。生きていく中での取捨選択。
でもあまりに「家族」が迎える一つの区切りとしては寂しくて、でも終わりが見えないから自分たちの心に区切りをつけるしかなくて。
奥たんは町に残ります。異常な日常の中に、自らを取り残します。
今日も旦那さんの帰りを待つために、美味しいごはんで出迎えるために。
みんなが去っていった2巻。だからこそ、いまだ家に居続けてたくましき生きていこうとする奥たんのその姿に、どうしようもなく胸打たれてしまうんだよな。
いつも奥たんの胸を揉んできてエロ親父もいなくなったのかな。
いままで彼女が暮らしていたおかしな日常も、寂しくなっていく。
3巻からどうなってしまうのか。今まであったものが失われたことで、さらにこの作品は冷たく鋭く、奥たんの笑顔を破壊していく。
あんなにちっちゃくて優しくて天然な奥たんには、いつ笑っていて欲しいのに!
そして変わっていくのは、奥たんの周りだけじゃない。奥たん自身だって変化がある。
とあるエピソードで描かれた、「今日、奥たんは結婚して初めて、旦那たんのためだけのゴハンをつくることができなかった。」という一節がすごく苦しかった。
生きるために、ひとつずつ「切り詰めて」いく。その中で、奥たんは小さな、しかし大切な決断を一度したのです。これまでずーっと作り続けた、旦那さんのためだけの夕飯を作らなかった。作れなかった。…崩壊の始まりかのような不穏を突きつけてきます。嫌な動悸が…!
他の家族はバラバラになってしまった。もう一度固く結ばれて幸せをかみしめるハッピーエンドを、なんとか奥たんには迎えてほしいんだ。
「さみしんだよ。ばか。」
ぽつり、小さく小さくこぼした寂しさ。
どうしようもない心の傷をにじませながら、今日もお料理を頑張るのです。
それにしても普段おとなしい奥たんが「ばか」とかわいい悪口を言うこの場面は、夫への愛情の深さが感じられてなかなかお気に入り。でも萌えるというよりはこう涙腺にくる感じの…。
清らかで暖かで尊い、そして力強い「家」「家族」への憧れ。
生きること。誰かと共にあること。そのことへの前進力。生命力。
「花と奥たん」を読んでいると、そんなことを感じます。
奥たんに萌える漫画としては、あまりにも禍々しく重苦しいこの作品は
きっと大切なことは全て日常の中にある、と訴えているかのようです。
奥たんのペットのウサギ目線で語られるこの作品ですが、ウサギのこのモノローグがいいんですよ。
繰り返されること。その幸せ。
夜が来て、朝が来ることの幸せ。
冬が来て、春が来ることの幸せ。
おなかがすいて、ゴハンを食べた時の幸せ。
そんな日常の中の「幸せ」が見開きで語られるシーンが、今回のハイライトかな。
まさにこれがこの漫画の本心なんじゃないだろうか。
生きてることって、幸せなんだよ。なんてそんな軽々しくは言えないことをさらっと読み手に呑み込ませるのは、この作品のチカラに違いない。
生命賛歌。もしかしたら、そういうのも感じられる。苦しすぎる現実を描いているから。
生きるために。明日のために。家族のために。今日もごはんを食べよう。
その点で良かったのは、途中めちゃくちゃデカくて気持ち悪がられる巨大バッタが出てくるのですが、奥たんはバッタくんを保護して飼い始めるのです。
排除するのではなく、共存しようとしてみる。うまくいくはわからないけど、こういうところにもこの作品の(というか奥たんの)包容力が伺えます。
でもこんなおかしな世界との共存は……奥たんでも、できるのかな。
今にも消えそうな、信じることだけでつながっている家族。
それでも、今日も奥たんは旦那さんを待って、たくましく生きている。
切なくて暖かくて、大事なものをくれる、とある家族の物語。
巨大キノコの中で見つけた謎の植物。こっそり奥たんちの庭に生えてきました。きっとまた話が大きく動く第3巻。できれば…早めに読みたいな…!2年以内くらいでよろしくおねがいします!
『花と奥たん』2巻 ・・・・・・・・・★★★★☆
待ちに待った最新刊はこの作品らしさたっぷりの出来栄え。生命とは、家族とは。そんな大きなメッセージを内包した奥たん癒し漫画である。
そういえば月刊スピリッツ創刊号に載った、花と奥たんエピソードゼロは収録されませんでしたね。そのうち載るでしょうけれど、それが何年後になるか分からないのが怖いんだよ!